アレキサンドライトの姫君

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「え…?」

ものすごく信憑性の高い、あり得る話だと率直に思った。
シュヴァルツブルク公爵家は王家に血縁関係もあるという。
そういえば、国王の第二夫人の御息女はシュヴァルツブルク公爵家へ嫁いだと聞いた。きっと彼女の兄か弟にあたる貴公子の元へ降嫁されたのだろう。
そんな家柄の令嬢なのだ。ディルクとの婚姻話があがるのは当然のことのように思えた。

「ですから、私、今日をとても楽しみにしておりましたのよ。『アレキサンドライトの姫君』とは…一体どんな方なのだろうかと」

彼女からしてみればエーデルは婚約者を奪った憎き相手。楽しみにしていたという言葉は単なる好奇心と、そして値踏みの意味も含まれていると悟った。

「いくら美しいと言われていても所詮はヴァルトニアの田舎娘。アレキサンドライトの瞳が珍しいだけ…。私も含め、今日ここに集まった者ほとんどが大して期待などしていなかったと思いますわ。実際に貴女にお会いするまでは」

最後に添えられたその一文の意味。そして、その口調。
刺々しいものなんかではなく、優しい抑揚で言われたその言葉に、エーデルは目を見張った。

「ディルク様は人望も厚く聡明で文武両道。この国の貴族の若い娘は皆がディルク様に憧れを抱いております。それ故、ディルク様のお相手にはあの方の麗しさに釣り合いの取れた方でないと到底認めることなんて出来ない…そう思っていたでしょうね」
「それは…どういう…?」
「貴女はいい意味で想像を遥かに裏切ってくださいましたわ。このハインリヒ王国に於いても…貴女のように美しい方はどこにもおりません。蠱惑的なアレキサンドライトの瞳の輝きといい、まさにディルク様のために存在しているかのような方だわ」

美しい容貌に屈託のない微笑みを乗せてそう言い切った彼女の表情はどこか晴れ晴れとしていた。
それはまるで自らの負けを認めた上で相手を称賛し祝福しているように見て取れた。

「ほら、エーデルシュタイン様、ご覧ください。招待客の皆様が貴女に見惚れていますわ」

促されて顔を向けると、皆が注目しているのがわかる。
その表情はどこか恍惚気味で、敬愛のこもった眼差しを注がれていることに気づいた。
先程までは自分の自信の無さから注がれている視線が冷淡なものに思えて仕方なかっというのに。

「ありがとうございます、アンネリース様。貴女のような方にそんな風に言って頂けて…本当に嬉しく思います」
「まぁ。こんなことくらいでお泣きになるなんて、可笑しな方ね」

エーデルの眦から零れ落ちた一雫を絹の手袋を着けた指先で受け止めて、アンネリースははにかんだ。

「私と貴女は義姉妹になるんですもの。これから仲良くしていただきたいわ」
「え…?」
「あら、ご存知ありませんでしたの? 私、ヴェルホルト殿下かグランツ殿下のどちらかと婚姻を結ぶ予定ですのよ」
「そうなの…ですか…?」

初耳だった。
驚愕と衝撃と疑問が絡み合う頭の中。
こんなに美しい公爵令嬢との婚姻話があるのなら…何故二人は…。

「アンネリース」

名を呼びながら歩み寄ってきたのはディルクだった。

「エーデルに何の用だ」

硬い表情で咎めるような口調で問うディルクにアンネリースは失笑した。

「いやですわ、ディルク様。エーデルシュタイン様にご挨拶を申し上げていただけです」
「そうか」
「元婚約者の私が、エーデルシュタイン様を虐めていたとでも思ったのですか?」
「いや…そういうわけではないが」
「大丈夫ですわ」

そう言って微笑んだ後、ディルクの耳に口元を寄せて囁いた科白は夜会の喧騒に掻き消されてエーデルの耳にまでは届かなかった。

「あの夜のことまではお話ししておりませんから」
「当たり前だ」

何が当たり前なのか。怪訝には思ったが、エーデルは気に留めないように心掛けた。

「では、私はこれで失礼しますわ」

アンネリースが優雅に会釈をして立ち去る背中を見送ると、ディルクがエーデルに視線を向けた。

「行こうか、エーデル。皆が貴女と話したがっている」
「そうなのですか?」
「ああ。貴女は噂の『アレキサンドライトの姫君』だ。この美しさと不思議な瞳の輝きに、皆が興味を持つのは当たり前だろう」
「そんなことは…」
「但し、誰にも貴女は触れさせない。手の甲への口づけも許さないからな」
「はい」

差し出された腕にそっと手を添えて、エーデルは促さられるまま夜会の輪の中に入っていった。
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