Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
彼が社長室をノックし扉の前で「夕緋です」と名乗るの、中から「入りなさい」という穏やかな男性の声が聞こえてきた。

社長室の中は広々としていた。
上質なカーペットがひかれていて、向かって左側には客人をもてなすための大きな革張りのソファと一枚木のテーブル、右側には飾り棚と賞状やトロフィーの数々、一番奥には重厚な書斎机が置かれていた。
その机に座っていたのは五十代くらいの男性で、私たちを見るなり立ち上がり、部屋の中央までやってきて出迎えた。

背が高く品のよい、凛々しい顔立ちの美丈夫だった。
一目見てすぐに御堂さんの父親だとわかった。柔らかな笑顔を携えていて、底知れぬ雰囲気がそっくりだったからだ。

けれど……。

「夕緋ー! ひさしぶりじゃないか! とうとう跡を継いでくれる気になったのか!?」

そう叫んだお父様は、御堂さんに熱烈なハグをお見舞いした。
御堂さんの横顔が、完全に引きつっている。

「やめてくれ、こんなところで」

丁寧に身体を引き剥がすと、お父様は寂しそうな顔をした。
御堂さんはため息を混じらせながら、そんなお父様をなだめる。

「親父はまだまだ元気じゃないか。跡継ぎなんてしばらく必要ないよ」

「そんなことを言わず、父さんの傍にいてくれよ。いずれは全てお前のものになるんだから」

「今は武者修行中だって言っただろう? 外で見聞を広めるのも大切だって、納得してくれたじゃないか」

「そうだけど、父さんは心配で心配で。夕緋が誰かにいじめられたりしてないかと思って」

この巨大な企業の最高責任者というからどんな恐ろしい人かと思えば。
凛々しいのは雰囲気だけで、口を開けば――ハッキリ言って子離れできていないお父さんそのものである。
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