・喫茶店『こもれび』
エスプレッソコンパナ


今日こそ「いいよ」と言ってもらわなければ。


目の前に立ちはだかっている真っ赤なドアは、まるで彼の心の扉のようにも見える。
初めて踏み入った時から、何度この扉に手をかけてきたことだろう。
思い切ってドアを開け、彼に懇願し続けてきた。

その度に、何度も撃沈して家に帰ること数十回くらい?
もっとかもしれない。
こんなに彼の元へ通い詰めることになるなんて思ってもいなかったから、通った回数など最初から数えていなくて。
正直、何回目かさえも分からなくなっている。


真っ赤なドアにつけられている金色のドアノブに手をかける。
ギュッ。と握りしめ「よし!」と気合を入れ、勢いに任せて扉を開けた。


「いらっしゃいませ」


相変わらずな、彼の優し気な声と視線は私だけに向けられ。
その度にドアノブを握っている手の力が抜けてしまう。


「彩夏ちゃん、今日はどうしたの?」


少し垂れ目な彼の瞳が、真っすぐに私を捉えているから。
肉厚な彼の唇が、私の名を呼ぶから。

カウンター越しの白シャツ姿が似合う彼に、ときめいてしまっている心を必死で隠して。
今日も同じ言葉を繰り返す。


「私を『こもれび』で働かせてください!」
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