副社長のイジワルな溺愛

 社屋前の車寄せに専務の取引先がいたから、あえて駅前まで歩きタクシーを拾った。
 ここまで来る間、帰宅する社員とすれ違っても俺は気に留めずにいるけれど、茉夏はきっとそうじゃないことも分かっている。

 だけど、俺が相手だというだけで制限されるのは腑に落ちないし、例えば倉沢あたりが相手でも同じだったんじゃないかと思うと、それはそれでプライドが許せない。
 だったら、周りの目なんて気にせず、自分たちの愛情を育てていくのが一番だろう。


 それから、一日も早く彼女に渡してある“婚姻届”を提出できるようにしなくては。



「いらっしゃいませ」
「こんばんは、お久しぶりです」
「三ヶ月ほどでしょうか、お忙しくされていることと存じておりましたが」

 初めて茉夏を連れてきた、麻布にある【みなみ野】という料亭。
 一見客はお断りのこの店は、大切な相手と会うときにだけ使うようにしている。


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