あなたしか見えないわけじゃない
俺はお袋がたまには顔を出すように言っていた事を思い出し、無理やり志織を連れて実家に帰った。

結局、帰った日はうちの両親と共に志織の実家に泊まり、翌日はまた全員で温泉旅館に行ったから俺は自分の実家には行っていない。
全く何て親たちだ。

やはり、志織の様子はおかしい。
元気がない。時折物思いにふけったり。
そんな様子にナツさんも気が付いたらしい。
志織が寝る前にもう一度温泉に行くと言ってと席を外すと、俺に志織に何かあったのかと聞いてきた。

仕事の悩みじゃなければ恋愛の悩みか
恋愛の悩みだとしたら、あの子は自分に合わない相手とお付き合いしているんじゃないか、相手に合わせようとして自分を偽って無理してはいないか、と。

残念だけど、俺にはわからない。
「でも、志織が苦しかったら必ず俺が支えるから」
そうナツさんと約束をした。

酔い潰れた親たちを寝かしてから、志織を誘ってライトアップされた夜の旅館の庭園を散歩する。
志織の少し酔った足元が心配で昔のように手をつないだ。

志織とつないだ手が妙にしっくりと馴染む。
志織といると無言も会話も違和感がない。
俺を見上げて笑顔を見せる志織を見て不意にキスをしたくなった。

ああ、そうか。

島にいた白い迷い猫に『ソルト』と志織に似た名前を付けて可愛がったのも、酔って甘える志織が放っておけなかったのも、無理やり実家に連れ出したりこうして2人で散歩しているのも、俺が志織を特別大切に思っているのも、全て恋愛感情だったんだ。

「志織」

ん?と大きな瞳を俺に向ける。

「志織、俺と約束して。
この先、志織が辛くて苦しい時、悲しい時、1人で泣かない。絶対に俺に連絡するって約束だ」

志織は目を見開いて驚いた表情をしている。

「志織、約束して。はい、返事は?」
つないだ左手に少し力を入れると志織は俺に握られた右手はそのままで空いている左手を俺の腕にからめて軽く抱き付いてきた。

「うん。洋兄ちゃん、約束する。ありがと」

「忘れるなよ」
頭を撫でるとこくこくとうなずいた。
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