あなたしか見えないわけじゃない
「ええ、そうですね。親しい方にはそれなりの口調になりますよ。他にも何人か親しいドクターもいますけど?」

少し低い声になってしまう。
私に何を言わせたいんだ。あなたと関わり合いになりたくないとはっきり言ってやればいいのか?

「そんなに怖い顔しないでよ」

「先生がどうしてこんな事をするのか意味がわかりません」

「うーん、そうか、そうだね。僕は藤野さんと親しくなりたいと思ってるんだよ」

何言ってるんだろ、この人。
自分がイケメンだからみんな自分に好意を寄せて当たり前とでも思ってるんだろうか。
私のあなたに興味ありませんって態度にカチンときて、こんな事を言うのか。

どう返事をしたらいいのかわからない。
イケメンドクターは黙ってしまった私の顔を背中を丸めてのぞき込んできた。

「近いです。もう少し離れて下さい」

イケメンドクターから距離をとるため一歩後ずさりするとスチール製の棚の脚にひっかかり転びそうになる。

ぐらっと身体が後ろに揺れた途端、ぐいと腕がつかまれて前に倒れ込む。
倒れ込んだ先はイケメンドクターの胸の中だった。

つかまれていた私の腕はすぐに離されたが、そのかわり私の背中をがっちりと両手でホールドしてきた。

これって……抱きしめられている…。
どっどっどっとと心臓の鼓動が速まる。
やめて、何してるの?
イケメンドクターに抱きしめられて頭の中がパニック状態。

ふわっと香った彼の香水の香りで我に返る。

ぐいっと両手でイケメンドクターの胸を強く押して抜け出す。

「助けていただきありがとうございます。おやすみなさい」

早口でそう告げて急いで書庫のドアを開ける。
相手の返事を待たずに逃げるように廊下に出た。
ダメだ。早くここから離れなきゃ。

何なのアイツ。
抱きしめるなんて。

その夜は仮眠どころじゃなかった。
どきどきして一睡もできずに早番業務につく羽目になった。
もう、最悪。
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