あなたしか見えないわけじゃない

洋兄ちゃんと話していると徐々に私達の周りにも人が集まってきた。
どうやら離れた所からこちらにの洋兄ちゃんに近付くタイミングをうかがっていたようだ。
木村さんの同期や私の同期を中心に洋兄ちゃんに話し掛けている。

洋兄ちゃんは丁寧に笑顔で応対していた。
そんな洋兄ちゃんの邪魔にならないように私は輪を外れた。

せっかくのナイトクルーズ、夜景を全然見てない!
モヒート片手にデッキに出た。

ああ、もう。
とっくにベイブリッジは通過していて見えない。
はぁー、楽しみにしてたのに。

おまけに周りは一般のお客さんのカップルばっかり。

手にしたモヒートをごくごくと飲んでしまう。

「もう少し色っぽく飲めば?」

すぐ後ろから聞こえた声に驚く。

振り向くと目の前にイケメンドクター。

「毎回こっそり近付くのはやめて下さい」

抗議するとふっと口元を緩めた。

「じゃあ、もう声をかけたから近づいてもいいよね」

そう言うと両手を広げてデッキの手すりをつかんだ。
何と私は彼の右腕と左腕の間に挟まれてしまっていた。

ひぃっ
咽頭の奥で声にならない小さな悲鳴をあげてしまう。

「な、何してんですかっ」

目の前にイケメンドクター。慌てて顔を背ける。

「何って、僕も夜景を見ようかと」

「私を挟み込むのはやめて下さい」

「藤野さんと一緒に見たいんだ」

「だ、誰かに見られたらどうするんですか!」

「僕は見られても問題ないけど」

「私はありますから」

顔を背けたままグラスを持ってない左手でイケメンドクターの胸をぐいっと押すが片手のせいかビクともしない。
こうなったら……
イケメンドクターはデッキに両手を伸ばしている。私はサッと軽く屈み込み伸ばした腕をくぐって抜け出ようてした。

途端にくいっと後頭部を引っ張られる。
私のハーフアップにした髪がイケメンドクターのシャツのボタンに絡みついてしまっていた。

「いたた……」

「ふっ。無理して抜け出そうとするからだろ。ちょっとごめんね、待って。外してあげる」

私は中腰で後ろに反り返るしかも右手にはグラスという何とも無様な格好で耐える。
「センセ、早くして」

「ハイハイ、外すから。きついならしがみついとけば?」

クスクス笑っている。
なんたる屈辱。でも、ハイヒールでのげぞって堪えるとか無理。せめて足をしっかり開いて立ちたいよ。
ああ、腹筋がふるふるしちゃう。

「もう少しだから。とりあえず、つかまれ」

私の腰の辺りに腕を回して身体を自分に引き寄せる。
腹筋が限界近かった私は慌てて持っていたグラスを右から左手に持ち替えて、右手でそっとイケメンドクターの背中に手を回してつかまる。

「センセ、お願いだから早くして」
もう本当にお願いします。態勢が辛すぎるし、髪が引っ張られて頭が痛い。

「キミ、それさ、誘ってるわけ?」

はぁぁ?!んなわけないでしょっ!
怒りに任せてがばっと身体を起こして見上げたら、また激痛。
ブチっと髪が何本もひきちぎれように抜けた。

「いっ、痛っー!!」

もう、最低、最悪だ。
痛む頭をさすりながら涙目でイケメンドクターを睨む。

「もう二度と近くに来ないで下さいっ!」

ヒールの音を響かせて大股でデッキから客室に戻る。
後ろから笑い声が聞こえた。

最っ低!
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