あなたしか見えないわけじゃない
でも、その後他の患者さんが急変し残業して処置に追われてしまったからその紙の存在をすっかり忘れてしまったのだ。

思い出したのは山本さんが退院してから2日後。
白衣をクリーニングに出し忘れてロッカーにかけたままだった。その白衣のポケットに山本さんの息子さんに渡された紙が入ったままだったことに気がついた。
翌日は夜勤明けのお休みで昨日は違う白衣を着ていたからすっかり忘れていた。

焦って折りたたまれた紙を広げてみると、それはお礼状などではなかった。

『あなたのことが知りたいです。明日の勤務が終わったら病院の前のカフェに来て下さい。待っています』

えっ!?この『明日』っていつ?
手紙をもらってからすでに4日目。
受け取った日から『明日』ってことは…昨日?
サーッと血が引いていく音がするようだった。

私はあの人を待たせたままにしてしまった。
どの位待っていただろうか。
謝りたいと思っても連絡先も書いてない。

山本さんが入院中ならカルテに緊急連絡先としてご家族の電話番号が記載されていただろうが、もう退院してしまった。
退院後のカルテの個人情報は私のIDじゃ開示してもらえない。
要するに謝りたくても連絡がつかない。

はぁー。
ため息が出た。
申し訳ないけど、このまま放置するしか無いのかな。

でも、だいたい何で私の都合も聞かないで一方的に待ってますってどういうこと?
そもそも3交代勤務なのに、その日の私の勤務が日勤だって知っていたってこと??
意味がわからない。
そもそも会話したこともなかったのだし。
私がはっきり顔を見たのはあの時が初めて。

でも、今さら何も出来ない。


そんなことがあった翌週、新入院のためのシーツの準備のためリネン庫で作業していると、入口に木村さんとその取り巻きの木村さんの同期のナースが立っていた。

「あんた、山本さんの誘いをすっぽかしたんだって?」

腕を組み顎を上げるようにナナメに私を軽く睨んでいる。

ナースって白衣の天使って言われることもあるのに、今の彼女は天使どころかただのヤンキーにしか見えないんですけど?

それに何でその事をアナタが知っているのでしょう?

ただただあ然としていたら

「答えなさいよっ」と更に怖い顔で凄まれた。

「ごめんなさい。急変があってバタバタとしちゃって。お手紙をもらった事を忘れていて読んでいなくて。気が付いたときには約束の日が過ぎてました」
とりあえず、正直に言ってみた。

「はぁ?ばっかじゃないの?」
呆れた顔をして「もういいわ」と木村さんは出て行った。

もう1人のナースも「もったいないことしたわね」と私を馬鹿にしたように鼻で笑って出て行った。


……という出来事があってから、私は木村先輩からの視線が痛いことがある。

女の世界、下の者は飛び出したり浮いたりしてはいけないのだ。
木村さんはイケメン大好きでイケメンの患者さんやそのご家族、ドクターや研修医、薬剤師、事務スタッフなどなどすぐに親しげに声をかけている。

私にとって木村さんは要注意人物のひとり。
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