あなたしか見えないわけじゃない
お米をタイマーにかけて炊飯のセットをする。
かつお節と昆布で濃いめの出汁を作る。
カツオをしょうゆ、お酒、しょうが汁に漬け込んでおく。
大葉と浅葱を刻む。
白ごまを軽く炒ってすり潰す。
これで下ごしらえはできた。

夜食のメニューはカツオの出汁ご飯と彼の好きな甘い卵焼き。
サラサラと食べられるはずだ。
後は彼が帰宅してから仕上げればOK。

私も軽く夕食と入浴を済ませていつもの定位置に座る。
水槽の前のソファー。

彼の異動で変わったこと。

彼の職場。都内の大学病院に戻った。でも、週に1回はうちの病院の外来診療をしに来る。

新しい住まい。1LDKの駐車場付きマンション。
橫浜のわたしのアパートから第三京浜を使って車で50分ほど。

会う回数。……やはりこれは少し減った。
彼は残業も緊急呼び出しも当直もあり、私は3交代勤務をしている。なかなか予定が合わない。
だから、可能な限り彼の部屋に来て一緒に眠るようにしていた。
帰宅時間も不規則だから、私が先に寝ていることも、彼が先に寝ていることもある。
本当にただ同じベッドで眠るだけ。
隣にお互いのぬくもりがあると安心した。
そして、私は空き時間に洗濯や掃除をしてまた橫浜に帰る。

新しい水槽。
それまでのものより大きくした。
水の重さはかなりのもので、よくわからないけど、グランドピアノが置ける程の建築設計された部屋でないとダメらしい。

前回のお休みに新しくサンゴと海水魚を増やした。

『忍者』や『ぎょ』は今日も元気だ。
新加入した子たちも調子は悪くない。

ボーッとしていたら、またうたた寝をしていた。
時刻は23時。
そろそろ帰ってくるかな?スマホを確認するけど、まだ連絡はない。

本棚から前回の直木賞作家のデビュー作を取り出し読み始める。どんどん引き込まれ読み進めていく。気が付いたらもう1時を過ぎている。
まだ彼は帰宅しない。連絡もない。

どうしたんだろう。
楽しく飲んで時間を忘れているのか。
もし、気分が悪くなっていたらどうしよう。
メッセージを入れてみる。

待っても既読にならない。
2時になるところで電話をしてみるが、彼は電話に出ない。

不安が募る。
どうしたんだろう。
落ち着かず、ソファーに座っていられない。スマホを握りしめて部屋の中をうろうろ歩いたり、水を飲んだり。

同級生って聞いただけで、どんな人と何人で行っているのかもわからない。女の人もいるのかな…?

3時。4時。
やはりメッセージは既読にならず電話もつながらない。

身体は疲れているのに心配で眠れない。
今日の仕事は夕方からの準夜勤だから、まだ眠らなくても大丈夫だけれど、心が悲鳴をあげそうだ。
どうして連絡もないの?
何があってどこにいるの?              
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