あなたしか見えないわけじゃない
「志織、明日は姉さんと横須賀に行くんだろ?明後日から1泊で房総のオーベルジュに行くからあんまり遅くならないようによね」

ん?んん?
「洋兄ちゃん?」

「休暇取った。予約もしてあるから」

「休暇取ったって、そんなにいきなり取れる職場じゃないよね」

「いや、外来担当日じゃないし、自分がメインのオペ日じゃないし。何のために横山がいるんだ」

よ、横山先生か。ごめんね、洋兄ちゃんに何か仕事を押し付けられたよね…。

食べ終わった洋兄ちゃんに緑茶を入れて、私は洋兄ちゃんに背中を向けて食器を洗い始めた。

「へぇ」
お茶を飲んでいるはずの洋兄ちゃんが変な声を出すから驚いて振り返ると、洋兄ちゃんが立ち上がりこちらに向かって来るところだった。

「な、なに?」

「志織にシッポが生えてる」

うわっ、忘れてた!
洋兄ちゃんに背中を向けたから、シッポを見られた。

私のシッポを軽くつかんでくっくっと笑っている。

「志織、昨日したネコの話を思い出すよな」

「うん、何てタイミングなんだろ」

「志織はかわいい飼い猫だよ」軽く頭を撫でてくれた。

気持ちが良くて少しうっとりする。何だかホントに私はネコになりかけてるんじゃないだろうか。

「志織、今日は1人で眠れる?」
ふざける様子は全くない表情で私に聞いた。

「うん。夕べはありがと。久美さんにたくさんぐちったらちょっとスッキリしたから1人で平気。同じ部屋に久美さんいてくれるし」

「わかった。辛くなったら書斎においで」

「うん、ベッドだけじゃなくて寝室全部占領してごめんね」

「いいよ。気にするな。じゃ、志織はベッドに入りなさい。見届けたらシャワー浴びて俺も寝るよ。」

「洋兄ちゃん、過保護すぎっ」
へへっと笑ったら洋兄ちゃんはニヤッと笑った。

「志織、俺にもご褒美くれる?」

「いいよー。何?」

「白猫をハグしたい」

は?

洋兄ちゃんはぱさっと私にフードをかぶせてぎゅっと抱きしめた。
ああ、ネコ好きの血が騒いだのか。
仕方ないなぁ、サービスするか。

「にゃーん」
私は洋兄ちゃんの背中に腕を回してぎゅっと力を入れ、顔を胸にすり寄せひと鳴きした。

「志織、それヤバい」

ん?顔を上げて洋兄ちゃんの顔を見ようとしたら、頭を押さえられた。
「ダメ、こっち見るな」

「えー、何でよっ」
もしかして、ツボだったかな。

「にゃーお。にゃお、にゃお」すりすり。

大サービスしたら、がばっと身体を引きはがされたと思ったら「志織、もういいから。寝なさい」ってさっさとキッチンから出て行っちゃった。

チラッと見えた洋兄ちゃんの顔は少し赤かった……気がする。
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