レストラン化物堂 ~人と化物の間、取り持ちます~
 カップルが多い。それが本日のお店に入った時の第一印象でした。

 夏に向けてのそういう季節なのでしょうか。そんなに賑わっていないはずの当レストランの中にすら、現在三組のカップルが存在しています。いちゃついています。

 目を見つめ合ってにこにこしているカップル。手を触れ合わせているカップル。付き合いたてなのか恥ずかしそうにもじもじしているカップル。

 あー、甘い。あーあー、甘い。砂糖を吐きそうです。げろげろ。

 でも嫉妬というよりは、私もそんな経験をしてみたいと思ってしまうのが私の私たるゆえんなんですよねえ。

「いいなあ、恋かあ」

 アイスコーヒーをトレーに乗せながらぼんやりと呟くと、背後から桜子先輩の厳しいお叱りの言葉が飛んできました。

「これ、よだか! 仕事をせぬか!」

「はいはーい、やってまーす」

 生返事をしてアイスコーヒーを運んでいった先には、浮かれた様子の年配の男女が座っていました。おや、四組目でしたか。

「いいですよねー、恋! 私も燃えるような恋がしてみたいなー!」

「まったく。色恋沙汰にうつつを抜かす暇がお前にあるのか? 馬鹿馬鹿しい」

 裏に戻ってきた私がそう言うと、桜子先輩はムッと眉間にしわを寄せたまま突っぱねてきました。それでも私は知っているのです。私は口に手を当ててにまにまと笑いました。

「またまたー。そう言う桜子先輩は恋してるじゃないですかー」

「はぁ!? な、何を根拠にそんな……!」

 いくら否定しても顔が真っ赤なのでバレバレなんですよねえ。しかもそのお相手のことは、私も椿屋先輩も店長も、はたまた常連のお客様だって知っているのです。ああ、もう分かりやすい!

 その時、入口のドアがからんころんと鳴りました。おや、噂をすれば影のようです。

「いらっしゃいませ、化田さん」

「こんにちは、よだかちゃん。今日もいい天気だねえ」

 ご来店されたのは化田風狸さん。背は特別高いわけでもなく、顔も特別かっこいいというわけでもないのですが、話しているとどこか安心してしまう、非常におっとりとされた方です。

 私の案内に従って、化田さんは席へと向かっていきます。ふとその後ろ姿を見て、私は顔色を真っ青にしました。

「化田さん化田さん、尻尾が出てますよ……!」

「あれえ? 本当だあ」

 慌てて耳元でささやくと、化田さんは特別焦った様子もなく、しゅるりとタヌキの尻尾を消してみせました。そう、化田さんの正体はタヌキなのです。

 念のため周りを見回してみましたが、どうやら目撃者はいないようです。もう、しっかりしてくださいよ、化田さん。

「ありがとうねえ、よだかちゃん」

 そうやってにこにこと笑うものですから、怒るに怒れなくなって、私は眉を下げました。こういう方なんです、この方は。おっとりとした喋り方と真っ正直な性格で、喋る人喋る人の毒気を抜いてしまう。ある意味なんとも厄介な方です。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」

「わあ、こんにちは、桜子ちゃん」

 不機嫌そうな声で私たちの間に割って入ってきたのは桜子先輩です。非常にイライラした様子です。不機嫌MAXです。そんな、ちょっと私と喋っただけじゃないですか。そこまで嫉妬しなくても。

「ご注文がお決まりでないのならまた後ほど――」

「桜子ちゃんは今日も綺麗だねえ」

「なっ!?」

 不意打ちで褒められ、桜子先輩は見る見るうちに真っ赤になっていきました。

「な、何を言うておるのじゃ! おなごを褒めたいのならそこの馬鹿でも褒めておればよかろうに!」

「馬鹿!?」

 思わぬ流れ弾です。失礼な。

「えー。僕は桜子ちゃんだから褒めてるんだよお。だって桜子ちゃん綺麗だもん」

 ねー? と同意を求められ、私は困った顔で頷きました。それを見た桜子先輩はますます顔を真っ赤にして踵を返してしまいました。

「もう知らん!」

「あっ、桜子先輩! 注文はー!」

「お前が適当に取っておけ! どうせいつものココアじゃろう!」

 怒り狂った様子で桜子先輩は裏へと戻って言ってしまいました。

 でも私は知っています。あれは照れ隠しというやつなのです。なぜなら、すれ違った瞬間の桜子先輩は、口の端が緩んでしまって、あながちまんざらでもない顔をしていましたから。

「桜子ちゃんは元気だねえ」

 足音荒く立ち去っていく桜子先輩の背中を見送って、化田さんはほけほけと言いました。もう、知っててやっているのか知らずにやっているのか。どちらにせよ恐ろしい方です。
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