結婚適齢期症候群
だけど、ものすごくいっぱいお世話になった。

本当にこのまま日本に戻って赤の他人になっていいの?

彼のことをどうこうしたいとかそんなんじゃなくて、やっぱりお礼はすべきだと思った。

お礼してから、赤の他人に戻ればいい。

思い切って、彼の横顔に話しかける。

「あの、私。」

彼は私の方に顔を向けた。

「そういえば、君、明日日本に帰るんだっけ。」

私が言おうとした言葉を遮るように、彼の口が動いた。

「あ、はい。」

「ってことは、今日が最後の滞在日だよな。」

「ええまぁ。」

私はうなずいた。

「きっとあれだけのおこづかいじゃ、大した観光もできてないだろ?もし、今日特に予定ないなら、俺が行く予定してるお薦めの場所があるんだけど、付き合わない?」

「え?」

思いがけない言葉だった。

あれだけ、他人行儀に振る舞っていた彼が、最後の日を自分と過ごそうなんて提案持ちかけてくれるなんて。

不覚にも嬉しくて、体中がドキドキと熱くなった。

「いいんですか?これ以上お世話になって。」

「俺も、一人で観光しててもなんだか味気ないなーって思ってたとこだし。」

彼はタオルをポイッと開けたままのスーツケースに放りこんで、テレビの横の腕時計を自分の腕に巻いた。

「さ、少し遠出したいし、さっさと用意して。」

彼は立ち上がって、私にも早く立つように促した。

「は、はい!」

私も慌てて立ち上がり、洗面所に向かった。

洗面所の鏡にうつる自分。

完全にノーメイク。

こんな顔で、この数日、よくもまぁ彼の前でしゃべってきたもんだ。

ホテル内は乾燥していて、肌もカサカサしていた。乾燥のせいにしてるけど、本当は年のせいかもしれない。

この4日間で一番念入りに化粧をする。

とはいっても、大した化粧道具は買えなかったから、軽くファンデをぬって、いつもより濃い目に口紅を差した程度。

服装は、ジーパンとTシャツ。色気もくそもないけどね。

彼と二人でホテルの外に出た。

空は青くて、気持ちのいい風が木陰の影を揺らしていた。
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