鈍感な二人
その時、エーデルはヘレンの手を見て驚いた。最初、ヘレンの腕には上質な絹でできた手袋がしてあったが、メイドがこぼしたお茶で汚れてしまったため、手袋を外したのだ。

その手は、エーデルが知る、手入れの行き届いたイリーナのような苦労を知らない手ではなく、むしろ、使用人と一緒に土をいじる自分の手に似ていた。



その時、エーデルは、ヘレンが派手な見た目からは想像できない苦労して来たのではないかと思った。そして、それは先ほどのメイドへの態度から見ても納得できることだった。


エーデルは、ヘレンを見た目で判断したことを恥じた。実際、継母になったヘレンは優しく、エーデルはヘレンが大好きになった。


だが、そんな幸せな日々も長くは続かなたったのだ。エーデルの父、エリックが、イリーナと同じ病で亡くなったのだ。


唯一の肉親を失ったエーデルの悲しみにヘレンは優しく寄り添ってくれた。




だから、エーデルはヘレンを守りたいのだ。悲しみから自分を救ってくれたヘレンを。


それだけではない。商才がない叔父が家督をつげば、おそらくブルック家は没落する。そうすれば、領地も没収され、今のままではいられないだろう。



今は亡き、父と母との思い出の場所がなくなるのは耐えられない。


だが、男でない自分は家督を継ぐことはできない。ただ、夫が亡くなった時、その跡目がまだ未成年だった場合、その夫人は、その爵位を一時的に預かることが出来る。ブルック家は、跡目も決定していない不安定な状態だ。エーデルが婿をとることも考えたが、なんせ田舎の子爵だ。それに叔父たちが黙っていないだろう。

ただ、エーデルが家を出た瞬間、叔父たちがブルック家を乗っ取るのは目に見えていた。


そんな途方に暮れるエーデルの前に縁談を持ちかけたのだ、クリスフォードだ。


爵位を継ぐには王の許しが必要で、王の側近であるクリスフォードが味方についてくれるなら安心だ。
エーデルは、どうしてもヘレンそして、弟のロナウドに爵位をついで欲しかった。


エーデルは、目の前のクリスフォードを見た。



自分よりも幾分トーンの暗い緑色の瞳がこちらを見ている。


「私に、力を貸してくださいますか?」


すがるように尋ねると、クリスフォードは優しく頷いた。



それを見たエーデルは心からほっとしたようにため息をついた。


そして、誰もが見とれるような笑顔で言った。


「この縁談、喜んでお受けさせていただきますわ。」



なお、余談ではあるが、クリスフォードは、社交界の令嬢の間で、バラの貴公子と呼ばれている。

それは、クリスフォードの華やかな見た目による部分もあるが、それだけではない。貴族令嬢にとって、バラは眺めるもので、触れるものではない。つまり、クリスフォードは、遠くから見てるくらいがちょうどいい人物と言う意味である。


バラをなにより愛するエーデルが、このクリスフォードを夫とするというちょっとロマンチックな事実は、悲しいかな、当の本人たちは知る由もないことである。
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