クラウンプリンセスの家庭教師
ミーネの誘惑
 ミーネのいつものやり方はこうだった。曲りなりにも王妃であり、立場上、宮中で男漁りをするわけにはいかない。父を使う。
 父、ライヒは、既に官職を退き、家督も息子のデレクに譲った身であるが、各方面への影響力は強く、ライヒの住まうグリチーネ家邸宅は、人の出入りや、陳情なども多い。根回しとして、公式に訪問する者の他、非公式に訪れる者達。賂が飛び交い、献上品と称した物品も舞い込む。
 夜ごと開かれる宴では、禁制のはずの贅沢品が振る舞われているという噂もあったが、摘発される事は無い。何しろ、その場に、王妃が臨席しているのだから。
 宴には、王妃を目当てにくる男も多かった。老いたライヒの正室は女主人として宴席に出る事はできなかった為、宿下がりの折には、ミーネが現れては、夜伽として指名がかかる事があるのだという。

 その場に、カイを呼びたいと言うミーネに、最初、ライヒは難色を示した。ミーネの、トリスへの対抗意識はどこからくるのか。自分の娘に対して、『女として』勝ちにいこうとする目的がどこにあるのか、理解ができなかった。
 カイは、トリスに対しての切り札だった。出自のわからない男や、ライヒの権力の外にあるものを、トリスの夫とするわけにはいかない。ヴァルターもガイナも役に立たなかった以上、カイまでミーナの毒牙にかかった上、トリスの元を去られてはまずい。
 ライヒにとってミーナは最も利用価値のある娘である。機嫌を損ねるわけにはいかないが、トリスが即位してしまったら、今ほどの影響力は持てなくなるだろう。ミーナ自身がトリスをあからさまに嫌っているし、トリスも態度をあらわにはしないが、母に対して敬して遠ざけるようなところがあり、即位後、ミーナを冷遇する事は無いだろうが、意見を聞き入れる事はまずないだろう事は、予想できる。

 新しい愛人をという事で、一旦話は終わらせたが、口が固く、なおかつミーネの好みに合う男はなかなか難しい。年齢的にもう出産は難しいと思われるが、万が一の可能性にかけて、投資はおしまない事にした。

 いつものやり方が使えない。ミーネは少し苛ついていた。日に日に美しくなるトリス。反対に、年を減るごとに容色が衰えていく自分。同年齢の女に比べて美しい事など、ミーネには何の慰めにもならない。国で最も美しく、最も敬愛される女は自分以外いてはならないのだ。

 そんなミーナに、思いがけずの僥倖があった。トリスからの招待。即位前に身内だけを招いた食事会を開きたいという事だった。幸いにして、氷の離宮にいるグレイシアは来ないという。王は体調を慮って招待はせずに王妃他、側近達、家令といった下のもの達をねぎらう事が目的だというのが、少し気にはなったが、「カイが参加する」という一点で、ミーナはその招待を受けた。一対一になりさえすればよいのだ。ミーナはその日に向けて、念入りに準備を始めた。

「……王妃様、いけません、そのような……」
 場所はトリスの離宮。夫が皇太子の時代からのそこは、ミーナにとっても勝手知ったる場所。酒に酔ったふりをして、カイを連れ込む事に成功した。寝台と、ミーナの体さえあれば、後はどうとでもなる。実際、カイは体こそ逃げているものの、ミーナを振りほどく事はしない。
 カイの膂力をもってすれば、ミーナ一人、簡単に引き剥がす事ができるだろうに。
 思った通り、逞しい体を這う、ミーナの白い指先に、カイの体が反応し始めているのがわかる。女からそうやって乞う事を、特に恥とも思わない。唇で、指で追い詰め、自制心を無くしたカイを受け入れる事を想像すると、ミーナも昂ぶってくる。自身に焚き染めている香の助けもあり、内側が潤ってくるのがわかった。

 このまま、まず一度。そして、次はどうしてやろうか。トリスに行為を見せてやりたい。尊敬する師が、女に狂っている様を見て、あの娘がどんな表情をするか見てやりたかった。

「お待ちください!」
 カイの両腕が、ミーナを引き剥がし、押し倒した。上気した顔。荒々しい息。
「……女にされるのはイヤだったかしら? どうぞ、肌に触れる事をゆるします。あなたのしたいようになさい」
 艶然と微笑み、ミーナはうっとりと目を閉じ、カイの唇を待った。
 しかし、唇どころか、体にも触れない。当然、乱暴に衣服を脱がされると思っていたミーナは、焦れて薄く目を開けた。
 すると、自分に馬乗りになっていたはずのカイの姿は無く、寝台から離れて、衣服を整えているカイがいた。
「……したいようにせよ、との事でしたので」
 ミーナは、一瞬言葉を失った。誘惑に、のらない。体の方は確かに反応していたはず、と、カイの下半身に視線を移す……が。
「すでに酔も覚めていらっしゃるご様子、失礼させていただいてよろしいでしょうか?」
 この一瞬に何が起こったのか。いや、何も起こらなかったのか。

 『この男は、自分に反応していない』

 ミーナは呆然自失だった。

「殿下より、王妃様には、こちらのお部屋でお休みいただきたいとの事でした。朝までどうぞ、ごゆるりとお休み下さいませ」
 うんざりするほど響く、すばらしくいい声で、そう言うと、カイはそそくさと部屋から出て行った。
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