オフィスに彼氏が二人います⁉︎
そうしてしばらく食器を洗い続けていると。


「あ。洗剤の泡ついてる。七香、ちょっと動くな」

「え? なに?」

動くな、と言われた気がしたけど、急に話し掛けられたから反射的に彼の方へ振り向いてしまった。


……すると。


振り向いた瞬間、すぐ目の前に久我くんの顔があった。
距離が、近い。


「あっ……悪い。髪に泡ついてたから取ろうと思って」

「え、あ。ありがとう……」

久我くんにとってもこの距離は予想外だったようで、彼も少し動揺しているのがわかった。
そのまま、彼は右手をすっと私の髪に伸ばし、泡を取ってくれた。


「……取れた」

「……うん」


だけど、顔はまだ近付けたまま。


彼はこの至近距離のままで私を見つめる。
少し照れているような表情だけど、まっすぐに目を逸らさない。


私も……。

この距離で見つめられるのが、もちろん恥ずかしいけど、でも嫌じゃなくて……。


「七香……」

そ……っと、彼の唇が私に近付いてくる。

私、そっと眼を閉じーー


ようと思ったその時。


バチン!


突然、乾いた音がキッチンに響き、私は閉じかけた目をバチッと開いた。

そこには、両手で自分の頬を叩いた久我くんの姿が映る。


「あー、ダメだな、俺」

彼は両手を頬からおろすと、先ほどまでのように食器を片付けていく。

そして。


「キスはしない、って時山さんと約束したのに、危うく破るところだったぜ」


そうか。そうだった。

私も思わず、目を瞑りそうになってしまった……。


その後は、何事もなかったかのように後片付けを進めていって、全て片付け終わると「アイスでも食うか。食器洗ったばっかだけど」と言う。


うん……と曖昧に答えながら私は、



……久我くんとキス寸前までいったさっきの出来事が頭から離れず、ずっとドキドキしていた。


あのままキスをしていたら、私たちはどうなっていたんだろう。

恋人同士なんだから、キスしたって自然だけど。


でも私たちは、普通の恋人同士じゃない。時山部長と三人で付き合っているから。
< 61 / 102 >

この作品をシェア

pagetop