樫の木の恋(中)



「お主が織田家の息子か。」

「織田三郎信長と申します。」

京都にて、東海一の弓取りとも言われる今川家の今川義元に面会していた。たまたまお互い京に用があり、偶然会うことになった。

今川義元は昔は筋肉質で弓の腕も凄かったとの噂だったが、今目の前にいるこの男は弓など持つようには思えない。それほどまでに、堕落した体になっていた。

京で流行っている化粧をし、蹴鞠を嗜むのだとの自ら自慢気に話している。

何が自慢なのか全く分からないが。

「息子殿は、まだ若いのぉ。噂ではうつけと聞くが。」

「ははっうつけに違いありませぬよ。」

今川家と対立するには、今の織田家はあまりに弱い。すぐに潰されてしまうだろう。耐えるしかないのだ。
親父が当主としている今、自分はまだ無力だ。

「そうじゃ、今わしの小姓として雇っておるんじゃが、美しい女子がおるんじゃよ。」

「おや、自慢ですか?」

「ははっそうじゃよ。うつけの殿には手に入らんような美しい女子じゃ。おい!入ってこい。」

今川殿が呼ぶとすっと開いた襖から、美しい緑の着物で着飾った、美しい女子が姿を表した。
黒い髪は綺麗に整えられ、目鼻立ちのはっきりとした顔は少し憂いている。それが余計美しく魅せる。

思わず言葉を失った。
それほどまでに綺麗だったのだ。

「はははっ!息子殿惚けてしまったのか?」

「い……いえ。」

しずしずと妖艶な笑みを浮かべ頭を下げる女子。

「木下藤吉郎と申します。」

「藤吉郎?男のような名だな。」

「武士になりたいもので…。」

「武士…?」

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