梟に捧げる愛
宿り木のない梟


 うららかな春の昼下がり、宮廷魔法使いであるチヴェッタは、王宮の裏手にある池の『中』にいた。
 チヴェッタは濡れた黒髪を適当に結い上げ、池に落ちた薬草の束を拾い集める。今が冬でなくて、本当によかった。

「まったく……品が無いったらありゃしない」

 チヴェッタは好き好んで、池の中にいるわけじゃない。ドレスは濡れて重いし、春とはいえ、まだ風には冷たさが残る。
 このままじゃ風邪を引いてしまうかもしれない。早く池から上がらねば。

「そんなところで、何をしてる」

 聞き覚えのある声に、チヴェッタの視線が上を向く。太陽を背に池のふちに立っていたのは、騎士だった。青色の騎士服を身にまとったその青年を、チヴェッタは知っていた。
 アイザック・ヴェンデル──ヴェンデル侯爵の息子で、嫡男。二十二歳──だったと思う。角度によっては黒に見える紺色の髪は後ろで束ねられ、深い深い青色の瞳を持つ美しい騎士。家柄が良いだけでも十分なのに、剣の腕は誰もが認める腕前で、背も高く、見目も良い。王子の剣術指南役も請け負っているらしく、将来有望な若者。天は二物を与えるだけでは満足しなかったのか、三物も四物も与えてしまったようだ。自分に声をかけたのは、そういう人間。
 そんなアイザックの問いかけを無視して、チヴェッタは薬草集めに集中する。師匠に頼まれた薬草なのだ。持って帰らないと師匠が困るし、師匠に薬を依頼した人も困る。

「チヴェッタ。聞こえているのに無視をするな。そこで何をしてる?」

「……見ればわかるのでは?」

 チヴェッタは素っ気なく答えると、池の奥に足を進める。
 ここが川じゃなかったのは幸いだ。薬草は沈むことはあっても、流れていったりはしない。

「水遊びか?」

「違う」

「じゃあ、水浴びか?」

「もっと違う」

 イライラしてきた。
 この状況を見れば、ある程度の察しはつくだろうに。
 チヴェッタは小さく舌打ちすると、ようやくアイザックと向かい合うことにした。

「邪魔するならどっか行って。私が好き好んで、池の中にいるとでも? 見てわかるでしょ」

 こんな口の利き方、本当は許されない。相手は騎士で、侯爵家の嫡男で、彼自身も爵位を持っているのだから。
 けど今は、イライラが最高潮に達しようとしているのだ。できれば誰にも声をかけてほしくない。見ないふりをしてほしいのだ。華麗に無視スルーしてくれて、大いに構わない。
 実際、通りかかった多くの使用人達も、声はかけてこなかった。

「足を滑らせて落ちたのか?」

「…………そうよ」

 ホントは違う。落ちたのではなく、落とされたのだ。
 でもそれを、アイザックに言うつもりはない。
 チヴェッタは最後の一束を拾い、ようやく池から上がれると思った。さすがに寒くなってきたし、早く帰ろう。

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