HAZY MOON
「……何の用だ」


放課後になったのを見計らい、わたしは美術準備室に足を向けた。

相変わらずゴチャゴチャとした部屋の奥で、ノックも無しに現れたわたしに、梶先生は怪訝な顔をしている。



「アナタは……父の知り合いなの?」


「……雅晴は、俺の親友だ」



座っていた椅子から立ち上がり、そのままゆっくりとわたしの方へ一歩ずつ近付いてきた。


「雅晴が死んで、鬱いでた夕希が見てられなかった」


「それで……母と再婚を?」



黙って頷いた梶先生が、ふっと薬指に視線を落とした。

亡くなった親友の奥さん。

もしかしたら梶先生はずっと母のことが……。



「わたしを……母と引き離したのはアナタ」


生活が苦しくなるだけだから。
そう言って母にわたしを置いて来るように言ったのは、他でもない梶先生だ。


逆恨みかもしれないけど、言わずにはいられなかった。



「例え生活が苦しくたって……わたしは、お母さんと居たかったっ」


捨てられたと思って、ずっと恨んでいた母。
その反面で、いつか迎えに来てくれるって信じていたのも事実だ。


絞り出すように、胸の内を声に出していく。



それをただ黙って聞いていた梶先生の口からは、


「……んなの、おまえの独り善がりな言い分だ」

「っ!?」


容赦なく冷たい言葉が発せられた。


「夕希は少なくとも、祖父さん祖母さんの元に置いとく方が良いって考えたんだ」


「それは生活がっ」


淡々と言葉を発していく梶先生に、必死で対抗する言葉を考える。


それでも、梶先生の表情は一切変わることはなかった。
それどころか、目にはいつもより厳しい色が灯る。


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