魅惑への助走
 ……。


 「おい、カメラ! そっちじゃないだろ!」


 カラミ、すなわち性行為をするシーンの撮影中。


 片桐はカメラを回す樺澤さんを怒鳴りつけた。


 突然大声を出され、樺澤さんは硬直する。


 当然、一時撮影は中断。


 「その角度、違うって言っただろ!」


 片桐は事前ミーティングで、カラミ撮影の際のカメラの位置や角度を細かく指定してきた。


 巷の噂によると、片桐は背があまり高くないのがコンプレックスで。


 カメラの角度のトリックで、手足を長く見せようと目論んでいるらしい。


 やはりAV男優も、手足が長いほうが画面映えするから。


 撮影現場でコードを動かしたり小道具をいじりながら、雑用をこなす私も。


 気持ちは分かるけれど、こんなところで怒鳴らなくても……と内心不快に感じていた。


 樺澤さんはちょっと角度が真横に近かっただけなのに。


 片桐は他にも、高圧的な言動が多く。


 良く言えば作品に対するこだわりが強い、悪く言えば独善的とも思える。
< 102 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop