魅惑への助走
 「……」


 お酒も進まず、あまり食べたくもない。


 鞄の底に隠してある、煙草の箱の残像が頭の中で揺らめき始める。


 最近精神的に落ち着いていて、煙草を吸いたくなることがあまりなかったのに。


 この時無性に煙草を欲した。


 居酒屋のこの個室は禁煙だし、人前では吸いたくない。


 トイレに席を立つふりをして、そっと個室を抜け出した。


 周りは片桐の話に夢中で、誰も私が出て行ったのには気づかなかったようだ。


 外の空気に触れたくて、店の外に出て大きく息を吸い込む。


 ちょっと前までは梅雨で重たかった空気が、いつの間にか夏のものに変わっていた。


 先日は熱帯夜で寝苦しかったけれど、ここ数日は過ごしやすい夜が続いている。


 そしてこっそり持ち出した煙草に火をつける。


 ストレス解消。


 まだまだ歴史の浅い、女性向けAVメーカー。


 今は人気男優が相手では、悔しいけれど強く出られないのが現状。
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