いちごのきもち
§10:学生の本分
「よかったら、一緒に勉強しませんか?」

勇気を出して、声を振り絞る。
朝の教室、登校して一番に、
何よりも真っ先に、最優先を優先して
一直線に大希くんのところへ向かった。

「え?」

昨日の夜から、
ずっと脳内シミュレーションをくり返してる。
予想返答集に対する事前対策も
ばっちり勉強してきた。

宿敵高梨愛美と、その友達のきらら、
一樹に囲まれたこの人が、
私を見上げる。

「え~と、何の勉強?」

「英語でも、理科でも、数学でも!
 社会でも、国語でも、
 何でも構いません!」

「……あぁ、今度の期末テストの
 ってことね」

「はい!」

返事に困っている。
この人が、返事に困っている。
そういう時に私が用意した返事は
これだ!

「期末テストも! 近いし!
 よかったら、どうかなーって! 思って!」

あくまでさりげなく、自然な振る舞い
これ鉄則

「なに、どうしたの急に」

高梨愛美が絡んでくる。

「やっぱり、テスト前って
勉強とか、した方がいいじゃないですか」

「俺、どっちかっていうと
 一人じゃないと集中して
 勉強できない方なんだよね」

「図書館なら静かですよ、
 私、話しかけたり
 絶対にしませんから」

「いや、参考書とか、問題集とか
 家に置いてるし……」

「私が持ちます!」

「え? なにそれ、意味が分かんないんだけど」

会話が途切れた。
ヤバイ

「じゃあ、川本くんの
 都合のいい時間でいいので
 一緒に勉強して下さい」

とにかく、一歩引いて、相手の出方を見てから
慎重に再度お願いしなくては

「う~んと、無理、かな」

「無理、ですか?」

「うん」

「…………」

どうしよう、ここで引き下がるわけにはいかない
だって、私には、
この人の間にある誤解を解かなくてはいけないのに!

「えっと、じゃあ、ノートを……」

「ねぇ、何が目的なの?」

愛美の横やり
お願い、今だけは邪魔しないで

「目的って、勉強ですよ、
 一緒に勉強したいと思っちゃ
 ダメですか?」

声が震える。
ダメだ、緊張しすぎて泣きそう
必死になりすぎ、抑えなきゃ

「だって、勉強ですよ? 勉強だよ?
もうすぐ期末だし、なんで勉強しちゃいけないの?
テスト前って、勉強するもんでしょ
なのに、なんでべん……」

「酒井くんと一緒なら、あたしはいいよー」

ふいに、きららが声をあげた。

「学年トップの、酒井くんのノートがみたーい。
横山さんは、酒井くんと仲いいよねー」

「あぁ、酒井ね」

一樹がのってきた!

「酒井となら、マジで一緒に勉強したいわ」

「あー、でも、あいつ、そんなタイプじゃ
 ないだろ」

この人が言う。

「私が説得してきます!」

一緒に勉強が出来るなら
この際、誰が一緒でも構わない。

誰の返事も待たずに、私は身を翻す。

「ねぇ、酒井くん!」

酒井くんが恒常的に本を読んでいる机の上に
私は両手をドンと叩きつけた。
隣で座っていた松永が、驚いて顔を上げる。

「ねぇ、今度、いや、今日の放課後
 みんなで一緒に勉強しよう」

一部で黙り地蔵とあだ名がつくほどの
不動明王、酒井地蔵の反応には、ブレがない。
何の本だか知らないが
その本から、一切視線を外さない。

「……いや、いい」

「いいじゃなくて!」

酒井地蔵の目線に顔を合わせて、
本越しに、灼熱閃光ビームを送る。

どれだけ引かれたって、怖がられたって、
自分史上最高の眼力でもって
コイツを引きずり出す!

「私の、命がかかってるの」

「いのち?」

「命!」

「……死ぬの?」

「死ぬの!」

「……」

「…………。マジだから」

その時、不動の酒井明王が、動いた。

「……じゃ、仕方ないね」

勝った。

松永も驚いてる。

「わお! マジで?
 俺も一緒に勉強するー!」

お前はいい! ……と、言いたいところだが
この不動明王、酒井地蔵を扱うにあたって
お付きの者(松永)がいた方が
なにかとコントロールしやすい可能性は、捨てきれない。

「え? じゃあ私もー!」

心のよりどころ、最後の逃げ場、私のオアシス
紗里奈の存在も外せない。

「いいよ!」

「……本当に、命、かかってるんだよね?」

「大丈夫、本当にかかってるから!」

そんな酒井地蔵に背を向けて、
私はあの人に、大きく手を振る。
酒井、参加承諾取り付けのサインだ。

喜んでる、あぁ、あの人が喜んでる。
よかった。

さぁ! 勉強しなきゃ!!
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