願いごと、ひとつ。
 
「なんだ。来てたんだ」
 
「あぁ、おかえり」

 部屋に帰ると、孝志がビールを飲みながら自分の部屋のように寛いでいた。

「来るならメールでもくれればよかったのに」

「お前がメールよこしたんだろ。飯でも食いに行こうって」
 
 ――そうだった。
 確かに昼休みが終わる間際にメールしたのだ。すっかり忘れてしまっていた自分を反省するというより、なんだかウンザリした気持ちになった。

「ごめん、午後からなんかバタバタしててさ。もしかして連絡くれた?」

 とりあえず笑ってごまかそう、と明る
く言ってみる。

「何度か携帯に電話したよ」

 ――ヤバイ。
 すっかり機嫌を損ねてしまっている。

「ご飯は? 私まだなんだけど……」

「おまえの携帯繋がらなかったし、会社の先輩と食ってから来た」

 機嫌を損ねたと言うか、拗ねている、という表現が正しい気がする。

「そなんだ……じゃ、あたしはなんか食べよっかな。つまみはいらないの?」
 
 私の問いかけに孝志は返事もせず、テレビの画面を睨みつけている。

 私は深くため息をついて、その横顔を見つめる。

 この人は誰だろう――知り合ってから九年。月日の積み重ねが人と人の絆を深めていく事は確かにある。だけど孝志と私に、それはあてはまらない気がしていた。学生の頃から見ていたはずの横顔が、まるで知らない人のように見えた。
 

「何?」
 
 私の視線に気づいて、孝志が横目を向けた。

「別に」
 
 部屋には重たい空気が流れている。
 私はふと、あの洋館の事を思い出した。孝志はあの建物に気づいただろうか。

< 13 / 14 >

この作品をシェア

pagetop