例えば君に恋しても
側にいたい人



「私は車で待ってますので、どうぞお二人でごゆっくり楽しんで来てください。」


「分かった」


結局仁は水族館に着くまでぐっすり眠っていた。

水族館なんてどれくらいぶりだろう。

「仁はよく来るの?」

チケットを買う横顔に訊ねると「小さい頃に来た以来、初めてかな?」と笑う。

はしゃぐわけでもなく、手を繋ぐわけでもなく、時々些細な会話をしながら、水槽を覗く。

私も、中学生位を最後に久しぶりの水族館だったけれど、大人になってから来ると、小さい頃に感じていた世界との違いに不思議な気持ちを感じていた。


水槽の中の魚たちには変わらない日常かもしれない。

けれど水中を優雅に泳ぐその様子は、まるで時間の流れをスローモーションにしているんじゃないかと思うほどに穏やかで


心が洗われていくようだ。


目を閉じれば聞こえないはずの水中世界の音が聞こえてきそう。


水槽に手を当てて瞼をゆっくり閉じてみた。


だけど、夢物語のように

そんな世界の音なんか聞こえてくるわけがない。


また

ゆっくり

目を開けると水槽に映る

仁と目があった。


「何を考えてたの?」

不思議そうに聞いてくるから、バカにされるかもしれないけれど「水槽の世界の音を聞こうと思って」と素直に答えると

「聞こえた?」なんてバカにするわけでもなく優しく微笑むから

つい、つられて

「ダメだった」

彼の顔を見て笑うと

「初めてちゃんと笑ってるの見た」

と、私をからかう。

でも

そんなからかいかたなら

悪くはない。


穏やかな世界は

人の心まで穏やかにするのだろうか。

1時間余りの時間だったけれど

言い合いをするわけでもなく

皮肉を言うわけでもなく

私達はその穏やかにゆっくり流れる世界を満喫した。


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