うつりというもの
「おかしいなぁ。ちょっと見てくるね」

ナースステーションの三村弘美は、理恵が戻って来ないので、他の看護師にそう言うと、仕方なく捜しに行った。


「田島さん?」

小さな声で、声を掛けながら各部屋を回ってみたが、6階にはいなかった。

「上か…」

階段を登って7階へのドアを開けた。

「あ…」

暗がりの中、階段室の明かりにぼんやり照らされて、髪の長い女性が倒れているのが見えた。

目の前の壁に背中をもたれる様に倒れていた。

階段室からの光が自分に重なり陰となって、よく見えなかった。

懐中電灯の明かりを向けると、その格好は看護師だった。

「え、ちょっと!田島さんなの!?」

彼女は駆け寄ると、しゃがんでその女性の顔を見た。

少し下を向いているその顔は理恵ではなかった。

「え?誰?」

見た事がない看護師だった。

でも、胸元の名札は『田島』となっていた。

一瞬訳が分からず怯んだが、

「どうしました?大丈夫ですか?」

彼女は状況を把握しようとした。

口元に顔を寄せたが、息をしていない。

脈はあるかと、その女性の首に手を当てた。

当てた瞬間だった。

「え?」

何もない首に赤い線がすーっと描かれた。

「なに、これ」

そして、首がズレ始めた。

「ひっ!」

弘美は、後ろに倒れかけてお尻をついて固まった。

ごとっ。

首が落ちた。

そして、それが、自分の方に転がってきた。

弘美は、目を見開いた形相で声にならない悲鳴を上げながら後ろに後ずさった。

背中が壁に当たった。

首がまだ転がって来る。

身体中が総毛立ったが、その身体に触れる直前で首が止まった。

弘美は身体を強張らせたままで、その首を見ていた。

目が合っていたが、その視線を外すことはできなかった。

そして、目の前で、その首がどす黒く変色し始めた。

その直後、病院中に悲鳴が響き渡った。
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