うつりというもの
狛江市渕上家


数日後、喪服姿の遥香は、久しぶりに実家の前に立った。

左側が少し坂道になっている角で、敷地は一段高くなっていて玄関まで数段の階段を上る。

濃い緑の生け垣に囲まれ、鉄製の門扉は開けるとキイッと音を立てる。

特に個性もない住宅街の一角の二階建てだったが、庭と縁側があるのは好きだった。

ここは就職の際に出て、それからは祖父の家に住まわせてもらっていた。

遥香は、母の失踪から家を出るまでの13年間、ほとんど話さないまま、父と暮らすのを我慢していた。

その13年の間も、父の帰りは遅かったので、あまり顔を合わせることもなく、まだ我慢ができていた。

でも、赤井から、母が殺されたという事と、父の帰りが遅かったのはその後ずっと母を捜していたからだという事を聞いて、今はそんな気持ちはなかった。


遥香は、ドアのノブにそっと手を掛けると、ボタンを親指で押しながら手前に引いた。

もちろん鍵は掛かっていなかった。

遥香はまっすぐ行った突き当たりの居間のドアを開けた。

ソファに喪服姿の父が座っていた。


「ただいま」

「…お帰り」

祐志は、ぎこちなく微笑んだ。

遥香は祐志の真向かいに座った。

「あ、お坊さんはもうすぐ来るから。お茶でも飲むか?」

祐志は立ち上がろうとした。

「お父さん」

祐志はまっすぐ自分を見る娘に、戸惑いながら、また座った。

「何だ?畏まって」

祐志は気を取り直して微笑んだ。


「今まで、…ごめんなさい」

遥香は頭を下げた。

「な、何だよ?別にお前が謝ることないだろう」

祐志は大袈裟に手を振った。

「ううん。私、ずっと一人で勘違いして、お父さんに嫌な思いさせたもの」

「いや、悪いのは俺で、お前が悪くなんて…、いや、そんな…」

祐志はそこで、嗚咽を漏らして大声で泣き始めた。

「お父さん…」

遥香は祐志の横に行って、泣いている父を抱きしめた。

「ごめん、お父さん…」

そして、遥香も泣き始めた。


しばらく親子で泣き続けたが、玄関のチャイムが鳴った。

「はい!はーい!」

祐志は、涙を拭きながら、遥香の肩を軽くぽんぽんと押さえると出て行った。

その後は、家族二人だけでの葬式をしたのだった。
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