うつりというもの
「ところで、先生」
「ん?どうした?」
教授は口にしていたカップを置いた。
「私が霊感あるの知ってますよね?」
「ああ、そういえば、そうだったな」
教授は、ゼミ旅行での旅館の出来事とかを思い出した。
「で、どうした?」
「昨日なんですけど、母に会いました」
「え?お母さんに?どこで?」
「実家の仏壇の前で」
「そ、そうなのか?」
教授は少し寒気を感じたらしい。
「多分、お別れだったと思うんですけど…」
「そっか…。それで?」
「つい聞いちゃったんです。『誰に殺されたのか?』って」
「で、お母さんは?」
教授が少し身を乗り出した。
「声は聞こえなかったんですけど、確かに何か言いました」
「そっか…」
教授はその言った言葉が分かればと思ったが、ふと遥香の表情に気が付いた。
「渕上君、大丈夫か?」
「あ、ええ。大丈夫です」
遥香は笑顔を作った。
「無理するなよ」
「はい」
遥香は軽く頭を下げると、コーヒーに口を付けた。
一口二口飲むと、彼女はカップを置いた。
「でも、私、今まで見えることがあっても、ほとんど一瞬で、長くても5秒くらいなんですよね。あ、あのゼミ旅行の時でもやっぱりそれくらいでした」
ゼミ旅行の夜、旅館の一部屋に集まった時、遥香がそこにあまり良くない霊がいると言って怯えた。
同じゼミ生の松山忍がケータイで写真を撮ると、見事に怨みがましい表情の女性の霊が写っていて、大騒ぎになった。
そして写真を撮った松山忍はその後1週間以上高熱を出してしまい、そのケータイをお焚き上げするという目に遭った。
教授はそれを思い出して苦笑いした。
「今度は長く見えた訳だね?」
「はい。それもはっきり。まるで生きているみたいに…霊感が強くなったんでしょうか」
「いや、それはきっと、君のお母さんが姿を見せてくれたということだろうね」
教授はあえて微笑んだ。
「やっぱり、そういうことですよね」
「そうだよ」
教授はさらに頷いた。
「そうですよね…」
遥香は虚ろに言葉を繰り返した。
遥香が少し自分の世界に入っていたので、教授はコーヒーを飲みながら、それを静かに見守った。