God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
俺は、初めて神様を信じた。
俺の相棒。
10年以上の長い付き合い。
その名を〝アクエリアス2リットルサイズ〟と言う。
俺の体はアクエリアスで出来ているといっても過言ではない。それほど、物心ついた頃からずっとお世話になっている。いつもカバンに入れて、或いは右手に握って、そうしていつも持ち歩き、中学の頃から1日1本のペースで愛飲していた。
この所の暑さのせいか、と言ってもまだ4月なので、恐らく忙しさのせいだろう。喉が異様に渇いて仕方ない。それでアクエリアスの減りが異様に早いと感じていた。倉庫に置いているストック3本を、さっそく生徒会室の冷蔵庫に移動させる。
「また買い置きしとくか」
4月。
快晴の本日。朝から全体朝礼が執り行われた。
2月の改選を経て、新しい生徒会になって初めての全体朝礼である。永田会長を始めとする生徒会執行部は、先生と一列横並びになって前に立った。
この時、松下先輩に渡されて、〝書記〟とある生徒会の腕章を腕に付ける。普段は全く必要としない、無用の長物。朝礼などの集会時だけに付けるそれは、どこか誇らしく、そしてこれからの1年間、バタバタと忙しくモガく毎日の始まりを告げているのだ。
1年生は初めての全体朝礼と言うこともあってなのか、どこか浮き足立って見えた。雑談が止まらないようで、先生に注意されてばかりいる。朝の太陽の光を浴びて、新しい制服が眩しい。紺色ブレザーは元より、グレーのズボンすら発色が鮮明に映る。ブルーストライプのネクタイも青と白がくっきりで、キレがあった。
「去年、俺らもあんな感じだったか」
誰ともなしに呟いて仲間を見渡すと、2年になって少々くすんだ感に加え、それぞれが制服だったり部活指定のジャージだったりで、朝から統一感がまるで無い。そして3年ともなれば……顔色の悪い物体がデコボコの列を成しているだけ。全体的に疲労感が否めなかった。
そう言えば、去年の今頃、俺はまだ新入生の整列の波の中に、居たな。
「去年は書記だけ居場所が1つぽっかり空いちゃって。沢村が頑固だから」
さっそく永田会長に嫌味を言われてしまう。
「それ、俺のせいですか」
時期に間に合わせて誰でもいいから書記に祭り上げればよかったものの、ターゲットを俺だと決めつけた事によって発生した計画のズレである。
「沢村くん。名札、付け忘れてる」
隣に居た会計の阿木キヨリから注意されて、うっかりしていたと制服ブレザーのポケットから取り出して付けた。
〝沢村洋士〟
こんなに小さくては新入生からは、まず見えない。胸辺りを覗きこんでまで先輩の名前を知ろうとする度胸なんか、後輩には無いはずだ。
副会長、松下先輩の司会で朝礼が始まった。校長先生の言葉。その他注意事項。連絡事項。それが終わると、新しい執行部と言う事で、会長の永田さんを筆頭に、副会長の松下先輩、会計の阿木キヨリ、書記の自分と、順番に一言ずつ挨拶をする。
何事も起こりませんように……そう願いながらマイクを握ると、
「沢村!フォーチュン・クッキー、スタート!」
誰かが叫んだ。やっぱりというか、すんなり終わらせてくれない。ていうか、それだとまるで俺がAKB信者だと疑われてしまうだろ。(違うから!)
そこで、ぱらぱらと拍手が起きた。手拍子がそれに続く……嘘だろ。おいおい。俺はやらねーぞ。
そのうち、ヤツらは勝手に踊り始めた。ウケる~と1年に笑われ、暑苦しいと3年に蔑まれ、先生からはコラ!と怒られて拳骨を喰らう、我らが同輩集団。
「沢村っちを、よろ~!乙!」
普段それほど親しく口を利く訳でもないのに、こういう時だけ馴れ馴れしい。足元がふらついた所で、仲間にド突かれて引っくり返った。周囲でドッと笑いが起きる。
誰も、俺の挨拶なんか聞いていない。恥ずかしい奴らが晒し者になっただけ。
今期、生徒会執行部は、昨年と何ら変わらない顔ぶれであった。
永田会長の指名で、書記だった松下先輩は副会長に、阿木キヨリはそのまま会計を続投、俺も書記を続投。
思えば、前期の生徒会長を尻に敷いて生徒会を仕切っていたのは永田さんだったので、そういった事情を踏まえても去年と全く変わらないと言えた。
唯一違うといえば、新入生から〝浅枝アユミ〟という女子が書記に入ったことである。
俺に続いて、たどたどしい丁寧語で初めての挨拶を無難にこなしていた。
背は普通。160センチあるかないか。髪の毛を肩まで伸ばし、右斜め前髪を×とピンで留めている。見るからに真面目そうな雰囲気。素直な受け答えからして、生徒会向き。言う事ない。
それが今朝の事だった。
「新人さ、沢村が面倒を見るって事でよろしく」
初対面で、お互いの自己紹介もまだという時分、突然に申し渡された。「バレー部と両立は大変だろ?サポートしてくれる子がいたら便利じゃないか」
その1年がするという俺のサポートを、さらに俺がサポートするという事なのか。永田会長のそれは一見正しく、そしていつも強引である。「女子同志、そういう役目は阿木のほうが」 そう言って断ろうとした時、「構いませんが。私で良ければ面倒みましょうか」と、阿木の方からすり寄って来た。
「沢村くんには色々と、負担でしょうから」
ツンと言い捨てるその言い方は、いつもの事とはいえ、見下されている感が否めない。俺の力量を疑ってかかる態度にもカチンとくる。
……見なきゃよかった。阿木の肩越し向こうで、松下先輩がお願いポーズを取っている。
「分かりました。俺がやります」
朝礼に向かう道すがら、ポンと肩を叩かれて、
「いつも悪いな。だけど助かったよ」
副会長でバレー部先輩でもある松下先輩から分かり易いフォローが入った。
「沢村にどうしてもやらせろって、永田に突っ込まれちゃってさ」
「こんなことで先輩の顔が立つなら、いいですよ」
そんな殊勝な事も言ってのけるぐらいの余裕はある。なんたって、俺達は同志ですから。松下先輩とは目と目で通じあい、意味ありげに頷いてみせた。永田会長の強引なやり方には、松下先輩も戸惑っている。せめて俺ぐらいは味方でいないと。
朝礼の最後に、吹奏楽部の表彰式が行われた。
〝昨年末から今年に掛けて、チャリティ・コンサートで売り上げの1部を寄付〟
該当団体から送られてきたという書状を、3年生の部長が受け取る。その際、永田会長あたりに意味深な目線を飛ばすことを忘れはしない。それは涼しく、どこか誇らしく、そして、してやったりの見下した様子が有り有りと見えた。この対立、対抗意識、共に根深い。
その部長がゆっくりと列に戻っていった。それと重なるように、誰かが俺達の前を横切って、俺の目の前2年5組、女子の列、五十音順に並んだその1番前にしれっと収まる。
堂々と遅刻して、堂々と先生と生徒会を横切り、あまつさえ吹奏楽部の部長に睨まれながらもスキップに弾んで余裕をカマし、堂々と前から列に滑り込んだ、そのチビ。
〝右川カズミ〟
微妙に膨らんだ大きなリュックを足元に置き、「らす♪」と、後ろ両隣りに馴れ馴れしく挨拶して、「遅いじゃんよ」と、恐らく仲間らしき女子にポカポカと叩かれた。「これでも電車の中を必死で走って来たんだよ♪」と、腕を振り、朝からそんなフザけた言い訳を飛ばして周りの笑いを誘った所で、目の前に立つ俺と目が合って……聞こえるように、チッと舌打ちした。
こっちも聞こえるように、チッと返す。
すると右川は手をかざし、囁くフリでワザとらしく、
「どうしたの?何やったの?万引きは犯罪でぇ~す」
ウザい。暑苦しい。ガン無視。
「お~い、聞―こーえーてーまーすーかぁぁぁ?」
って、周りにまで聞こえてる。笑ってんだろ。お返しに嫌味の一発でもブチかましたい所だが、生徒会と言う立場上、今はどうにか耐えた。
右川カズミは、身長145センチのチビ。ツブ。俺は187センチあるので、はっきり見下している。
もじゃもじゃの毛玉頭は相変わらず。人を小馬鹿にしたその態度も相変わらず。だが一部のマニアからは好意的に受け入れられていて、可愛いと思ったりするけどな……そんな事をノタマう男子も1人だけ居る。信じられない。そいつは頭がどうかしている。
右川は今年、2年5組に入った。俺は3組なので……離れてよかった。マジ感謝。俺は、初めて神様を信じた。2カ月後には一大イベントの修学旅行を控えて、忙しくも充実した学校生活を乱されたくはない。もう、これ以上。
朝礼に終りが告げられ、執行部はバタバタと後片付けを済ませた。
2年3組、自分の教室に向かう。

< 1 / 24 >

この作品をシェア

pagetop