God bless you!~第3話「その価値、1386円なり」
沢村先輩は、突然何するか分からないとこ有るから、2人で居る時は気を付けた方がいい。
休憩の終わりが告げられ、体育館に戻ろうとしたその時、校舎の出入口から、右川が現れた。こっちには目もくれず、当然俺にも気付かない様子で、水場で何やらをジャブジャブと洗い始める。
次に、リュックから空のペットボトルを2~3本取り出すと、ふんふん♪と何やら御機嫌で歌いながら水道の水を汲み始めた。右川亭ミッション、水道代の節約なのか。
1つ、浮かんだ。いつかのギョウザ、あの時の阿木の不可解な様子。それがどうしても気になる。
おい、と声を掛けたが、水音が大きいせいで、右川は気が付かない。「右川!」と、今度は大きな声で呼ぶと、「ギャッ!」と、こっちの想像以上に右川は驚いて、ペットボトルを1つ転がしてしまった。
「なにもうー……壁のクセに、人を驚かさないでよ」
我慢。我慢。ここでムッとしたら話が終わってしまう。
「おまえさ、阿木に関して、何か知ってんの」
右川の顔色は変わらなかった。とは言うものの、転がったペットボトルは、転がったまま。右川は何かに気を取られて、拾う事には気が回らないらしい。
……何かあるな。
「こんな所でナンパか」
背後から黒川がイジりにやってきた。「どうでもいいけど、タオル返せ。俺のだろ」と、その首から奪い取る。今は余計な事に気を回している場合じゃない。黒川を押しのけたら、その向こうから石原がやって来て、「チーム割り、やりますから集まって下さーい」と、俺達を呼んでいた。
「あなたぁ~いってらっしゃ~♪」と、今まで見た事もないような笑顔の右川に送り出される。というか、また体よく追い払われた。ちっ!いつか必ず追及してやるぞ。
練習の後半は、いつも大体そうだが、試合形式になった。
今のキャプテンが遊び心のある人で、たまにメンバー全員をシャッフルして3年も2年も1年もゴチャ混ぜという荒行をやってくれるのだが、俺はそんな自由形式が割と気に入っている。
ベストメンバーがいつも勝つとは限らない。
弱小チームで勝てると、満足度が高い。
先輩後輩自他共に、能力の思い込みと無知を思い知らされて……そんな意外なサプライズが、試合の最中にゴロゴロと転がっているから、結構、面白いと思う。
どういう運命のイタズラなのか、俺は黒川と武闘派に捕まってしまった。
武闘派がメチャクチャ寄越すボールに、俺は何とか食らい付いてアタックを打ち込む。それに終始した。「痛ってぇ!」と、転んだまま黒川がなかなか立ちあがらないので、「うりゃあ!」と、武闘派がマジ蹴りレベルの一蹴を喰らわすが、まー勢いだけが立派で、その実それほど痛くはない。
それぐらいしないと黒川がやる気を出さない。俺が静観していると、
「沢村センパイ。助けてくれよ。石原ん時と、随分態度が違うじゃねーかよ」
「センパイに向かって、石原はそういう態度はしないな。悔しかったら、1回ぐらい相手に打ち込んでみろって」
試合は、黒川叩きと、武闘派のミラクルボールの連続で大負けした。
大負けチームが後片付けを言い渡された所で、「浅枝が呼んでるぞ」と、松下先輩から聞く。このまま俺が最後まで残ると、浅枝が遅くなる。
とは思っても、後片付けを放り出していいものかと迷っていると、「行って下さい。僕が代わりますよ」と、石原が名乗りを上げてくれた。名実ともに、可愛い後輩だな。「悪いな」と詫びると、「これは浅枝にオゴってもらわなきゃだ」と笑った。
「おまえは芸能人か!」と、武闘派3年に突かれ、「オレだって塾があんのに」と、黒川にブツブツ文句を言われながら、着換えもしないまま、俺は生徒会室に向かった。
先月5月の球技大会。今頃になって、手伝ってくれた有志の名簿表を会長に頼まれた。担当、名前、連絡先、それを浅枝に頼んでまとめてもらっている。
「これでいいですか?」という確認。
残っていたのは、それだけだった。すっかり出来ている。
これまで自分の居ない所で、これほど生徒会作業が円滑に進んだ事が、あっただろうか。
「超ありがとう!」
あんまり感動して、自然に口からつるんと出た。
「やだなーもー、先輩の言う通りにやっただけですよ」
浅枝は恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「そんなお礼なんかサラッと言っちゃってー、先輩の事、好きになっちゃったらどうするんですか」
軽い冗談まで言ってのける程の余裕で笑っている。
「そうだよな。ヤバいよな。こっちが好きになっちゃうかもしんないよ」
「そしたら競争になりませんよ」
俺が笑って、いつかのように拳を突き出すと、浅枝も、むん♪とか言いながらグータッチを繰り出す。最初の頃以上に打ち解けただけでなく、お互いに都合のいい距離感も定着したと感じた。今日は早く帰れる……はやる気持ちを抑え、チェックの傍ら書類を片付けていると、
「沢村先輩、知ってますか?陰で〝後輩ヤリマン〟って言われてますよ」
「こ、後輩ヤリ……」
その言葉のインパクトもさる事ながら、女子の口からそれが出ると、正直うろたえた。サラリと言ってのけるその様子から見て、浅枝は、こっちが思っている以上に弾けた側の女子なのかもしれない。
「最初言い出したのは、バレー部のヤツらですけどね」
あいつら。
俺の前では、そんな事などおくびにも出さず。従順という名の仮面を被って。
「悪い意味じゃないですよ。こっちから話し易いって事だから」
そう聞けば、まぁ悪い気はしない。だがよく考えたら、その異名が別の恐ろしい意味で周りに伝わる恐れが出てくる。今度、ヤツらまとめてツブしておこう。俺を舐めんなよ。武闘派、降臨だ。
「浅枝の方は、あれから何か変な事言われたりとか、そういうのは無い?」
浅枝が生徒会に入るまでの経緯、その周辺、聞いた後ともなれば、何気に気になる。
思えば、阿木ではなく、俺に浅枝の面倒を見るよう言われた理由も、ひょっとしたら用心棒的な役割を与えられての事かと……ふと、よぎった。
「部活はやらないのかって、それはやたら聞かれますけど」
そこで浅枝は表情を曇らせた。
「ちょっと、気になる事も」
どこか言いにくそうなので、「いいよ。構わないから」と、その先を促す。
「沢村先輩は、突然何するか分からないとこ有るから、2人で居る時は気を付けた方がいいって」
それを聞くと、少々、不穏な空気を感じる。
「あ、もちろん、信じてません」と、浅枝は首を振った。
浅枝を脅しているとも取れるし、悪評を垂れ流して俺を陥れようとしているとも。やっぱり吹奏楽部。あるいはガラの悪い先輩。そして生徒会を良く思わない数々。思い当たる顔が5~6人は浮かぶ。「誰が言ったの、そんな事」
問い詰めても、浅枝が言いにくそうで、「大丈夫。誰にも言わないから」
「右川先輩です」
ウッと詰まった。そこか……すっかり頭に無かった。
生徒会室に来る途中、浅枝は偶然右川と出くわして、そんな事を言われたらしい。
「何か、心当たりありますか?」と、訊かれても答える事は出来ない。
「……さあ、何だろうな」
ちょっと考えて、「あ!」と、ワザと閃いた振り。
「右川とは、こないだみたいに結構言い合うから、それを大袈裟に言ってんじゃないかな」
肝が冷える。
1年経っても、いつまでもいつまでも、しつこい。たかが、あれぐらいの事で!
そんな事にいつまでもギャーギャー騒ぐ辺りが、もう幼稚な証拠だ。悔しかったら、早く彼氏でも何でも見つけろ。そして、俺を解放してくれ。あの一件が、どうでもよくなる日が来る事を、ひたすら祈るだけ。
「確かに、いつかみたいにフザけてる感じにも見えました。良い方に考えると、沢村先輩と2人で作業する事が多いから、純粋に心配してもらってるのかもしれません」
「それは無い」
いや、あるかもしれない。
「あ、先輩、また写真いいですか」
浅枝がスマホを構えた。「友達が、先輩の体操服姿が欲しいって言うので」
「い、いいけど」
その友達に彼氏が出来た途端、記録は黒歴史へと変貌するだろう。それを思うと、自然と俺の表情は硬くなる。
浅枝は、「書記やってよかったですぅー」と、しみじみ頷きながら、
「先生から推薦されて、周りから無理やり行け行け言われて、本当は嫌だったんですよ。でも入ったら沢村先輩は優しいし、友達から羨ましーとか言われちゃって。写真送ってあげたら、オゴってくれるし」
照れ臭いと同時に、浅枝はすっかり俺の手中にあるな、と感じた。
「バレー部の石原くんが、あたしが先輩と怪しい怪しいって、しつこいんです。刺しといて下さい」
それは、ちょっと妙だと思った。まず石原は、しつこいと言われるようなキャラではない。部活ではどちらかというと大人しい部類で、真面目でコツコツ。ひょっとしたら別の思惑があるような気もするが、当事者を目の前に確認もできないので、「ま、ちょっと脅しとくか」と、ここは笑っとく。
「石原か……あいつ、いい肩してるんだよな」
「それ絶対言わないで下さいよ。イキって滑りそうだから」
浅枝は困ったように見せながらも、どこか浮かれて嬉しそうに見えて……ここは一肌脱いでやろう。
「あ、その石原が、浅枝に何かオゴってやるとか言ってた」
「え、マジですか。やたっ!」
実際はそれの真反対だが、後は2人の間でヤリ合って、上手くまとまってくれ。いつかの競争は、俺の大負けで良いし。こういう辺りが〝後輩ヤリマン〟と言われる所以なのかもしれないな。
作業が1つ終わったと、作業の予定表にチェックを入れる。
思い出したように冷蔵庫を開けると……俺のアクエリアスが忽然と消えていた。
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