溺愛までノンストップ〜社長の包囲網から逃げられません〜
借金があるなんて聞いてない

「…麗美、ここを手放そうと思う」


日曜日の昼下がり、父と母と私の3人暮らしにしては大きすぎる庭の中心部に建つ無駄に大きな家の大広間で、父が表情を曇らせながら呟いた。


「…えっ?ここって?この家の事?」


「あぁ…実はある人から5000万円を借りていたんだが、この家を維持するのが精一杯でなかなか返せていなかったんだ。その人は気長に返してくれればいいと言ってくれていたんだが、半年前に亡くなられた。その人の孫になる人から先月、連絡が来てな…残りの3000万円を…」


グッと言葉を詰まらせ涙ぐむ父を見て胸が痛んだ。


桐谷家は戦前までは、庄屋さまと言われるここら辺一帯の地主だった。戦後、祖父が海外の食品を扱う問屋会社を営んでいたが、時代の流れに乗れなくて問屋は私が生まれる前に畳んだらしい。その祖父も私が小さな時に亡くなり、父は普通のサラリーマンをしながら必死にこの家を守ってきた事はわかっているが、怒りで父の言葉を遮り、疑問をぶつけた。


「…どうしてそんな大金を借りていたの?」


そんな借金があるなら大学進学なんてせずに働いたのにと、教えてくれなかった事を心の中で恨めしく思う。


「爺さんの経営していた問屋が傾きかけた時に、その人が恩があるからと援助してくれたんだ。初めは返さなくていいと言ってくれたんだが、そんな訳にいかないと言うと無利子無利息、返済期日も無しでと言う事で借りたんだ。爺さんが死んでから父さんも少しずつ返してきたんだが、まだ3000万円が残っている。家に3000万円なんて大金はないし、ここを手放すしか方法はない…」


平屋の家は、壁は砂壁、廊下以外の部屋は全て畳で、部屋を区切るのは障子戸か襖、季節事に咲く花や木々を一望できるように外庭に沿った外回廊に添えつけられた大きなガラスの窓枠があるが、あちこち隙間だらけのだだっ広く使い勝手の悪い昔の木造住宅だ。


「この家に3000万円の価値があるの?」


「調べてもらったら家自体にそんな価値はないが、土地が3300万円程らしい。だが、それは更地にしないと価値がないと言われたよ。だからね、麗美…ここを更地にして売ろうと思うんだ」


「更地にするのにもお金がかかるんだよ。そんなお金あるの?」


「そのぶんは差し引いてもらう手筈だ」


手筈って…


「もう決まってるのね」


「あぁ、すまない」
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