最後の恋のお相手は

「車で送るわ」

「日向社長」

言葉を遮るようにして、コーヒーカップをキッチンに置いて戻ってきた日向社長に呼びかけた。『雄洋さん』と呼ばなかったのは、コーヒーを飲み干した瞬間に関係は終わったと思ったから。

日向社長は黙ったまま、鋭い視線を私に向けた。

「短い間でしたが、日向社長の疑似恋愛の相手になれて、良かったです」

『疑似恋愛』を強調したのは、日向社長に恋愛感情がなかったのに、情熱的なキスをしてきたのが悔しかったから。本当は、日向社長が好きだけれど、その気持ちを隠したかったから。

「疑似恋愛……か」

日向社長がボソリとつぶやいたかと思うと、私に歩み寄ってきた。

どうしよう。素直に『好き』と伝えようか? でも、玉の輿を狙う、いやらしい女だと思われるのが怖かった。

「日向社長は、疑似恋愛やなかったんですか?」

『恋愛ごっこ』と言っていたから、疑似恋愛やとわかっていたのに。質問を質問で返した。

「オレは、さっきも言うた通り、夢を叶えてほしくて、郁美に投資しただけや」

あの日のキスは、魔がさしただけですか? そんなふうに聞くこともできずにうつむいた。

「最初は、そのつもりやったんや」

うつむいた顔をあげると、日向社長が困惑した表情を浮かべていた。

「でも、郁美が……かわいくて」

「私よりかわいい女は、星の数ほど」

そこまで言った私を黙らせるかのように、日向社長がギュッと強く抱きしめた。

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