呼び名のない関係ですが。
3.甘い男
***
「ん…ん……」

首筋を滑る柔らかい感触に、ひとりでに声が漏れる。

「……くすぐった…い……テツやめて」

テツは小学生のころ、家の近くの公園で拾った子猫だ。

普段は決して言わない我儘を通してようやく飼って貰ったオス猫で、いつも私にまとわりついては餌をねだった。柔らかな毛を摺り寄せて、ザラリとした舌で私をなめる。

朝はこうやって、私を起こして……。

の、はずはない。
だって、テツはもういない。


あの年の正月は元旦から衝撃的だった。

父がふたりと一匹で何年も執り行って来た年頭の挨拶も早々に、十五才年下の彼女との再婚を宣言したのだ。

二日の夕方に父に伴われてやって来た静香さんは、まだ三十代前半の可愛らしい人だった。

『父をよろしくお願いします』と私が挨拶したとき、うれしそうに微笑む顔が幸せそうで、父のことが本当に好きなんだな、とじんわり胸にしみた。

父のこれからを思えば、寂しいなんて、成人式も過ぎた娘が恥ずかしくて言えるはずもない。

父達は『お前もテツも今まで通り』と言ってくれていたけれど、新しい門出を邪魔するつもりはなかった。

春に就職を控えていた私が家を出るのが、自然の流れだと思った。

でもひとつだけ、気掛かりだったのはテツのことだ。

いつも一緒だった年老いた猫を残していくのだけはイヤだった。

それから慌ててペット可のアパートを探したけれど、それ以前の問題で、春近い時期は物件自体が早い者勝ちで。

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