偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
朝いちで始まる会議の準備のため、俺は始業時間よりずいぶん早い時間に裏口からオフィスに入った。社員の出社前のこの時間は清掃員がモップがけなどをしているので、邪魔にならないよう通路の端を素早く通り過ぎる。

すれ違いざまに掃除のおばちゃんたちの雑談が耳に入った。

「あぁ、そこはさっき白川ちゃんが手伝ってくれて、終わってるのよ」
「あの地味な受付の子?若いのに、いい子よね~」

なんとなしに受付のほうに視線を向けてみれば、噂通り、受付嬢にしては地味めな女が重そうな鉢植えを持ち上げて運んでいた。どうやら、床を掃除しやすいように動かしてあげている
ようだ。
それも含めて清掃員の仕事だろう、と、俺は冷めた目で彼女を見た。

(いい子じゃなくて、都合のいい子ってとこだろうな)

だが、礼を言われて、屈託なく笑っている彼女の姿が妙に印象に残った。

それ以降、みな同じ顔に見えていた受付嬢のなかで、彼女<白川 華>だけはきちんと認識できるようになった。

(あぁ、まただ)
群衆の中にあっても、浮かび上がるように華の姿が目に入るのだ。
だが、俺にとって、それは不快な現象でしかなかった。
彼女を見ていると、無性に苛立たしい気持ちになるからだ。
掃除、資料整理、やっかいな客の対応。新人でもないのに、面倒事はすべて彼女の仕事だというかのように、あれこれと押し付けられている。












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