君の未来に、僕はいない
私は思い出したくないと首を横に振ったが、そんな抵抗で許されるはずがなかった。
「その人に告られたん?」
「まさか。されとらんよ。そんなんじゃないし……」
「え、なに悪い男やな」
「いや、そういうわけでもないんやけど……」
「じゃあどういう人なの簡潔に」
苛立った様子の女子勢に圧倒されてしまい、私は葵のことをできるだけ簡潔に説明した。
「その人幼馴染で耳聴こえないけん、昔は天才ピアニストって言われとったけど……、ある日突然いなくなってしまって」
「何それ、設定めっちゃ純愛じゃん萌音のくせに……」

なぜかしんみりしてしまった寮室の空気に戸惑った私は、大きく頭の上で手を振ってもう忘れて忘れて、と叫んだ。
清峰葵のことを、私は忘れるわけがなかった。
彼はいったい今どこで何をしているのか……ちゃんと生きているのか、一日たりとも考えない日はなかった。

葵が疾走したと分かったあの日、ばあちゃんはショックで倒れてしまった。
私はばあちゃんを救急車に乗せて、それから警察署に連絡して葵の捜索願を出した。
頼れる人がいないと、意外と人は冷静になれるもので、私は意外にも落ち着いてその日を過ごした。

というよりも、落ち着いた演技をしていないと、本当にショックでどうにかなってしまいそうだったんだ。
あれから二年経った今も、なんともなかったかのように葵が帰ってきそうで、部屋はずっとあのままにしてある。
「ねぇねぇ、写メないん?」
「ないよ、そんなん」
「あるな、絶対。はよ見せたほうが身のためだぞ」
「だから本当にないって」
「一枚くらいあるでしょ、ネタは上がってんだ、出しな。萌音、私の元カレの顔ゴリラに似すぎって笑ったの覚えてるからな」
そう言われて、私は渋々スマホのフォルダを開いた。
葵の写メなんて、私だって本当に一枚しか持っていない。それも、畑で寝転がっている猫を撮ろうとしたら、偶然葵が入ってしまっただけの写真だ。
二年前まで遡ると、やっとその写真を見つけた。
葵が猫を呼び寄せようと必死に手を出しているが、猫は怖気づいてちっとも寄ってきていない。そんな構図の写真だ。
斜め上から撮ったため、葵は斜め上からの横顔でしか見えないし、ピントは猫に合っている。こんな写真でいいなら……とおずおずと出すと、美少年かよ腹立つわ、となぜか怒られた。
「ねぇ、ごめんよく見せて」
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