君があの子に、好きと言えるその日まで。完
「ぷ、いつ気づくかなって思ってたけど、翠いきなり教えんなよ。つまんないじゃん」

「え、やだ、ごめん教えちゃった」

「おい一之瀬、お前分かってたなら教えろよっ」

俺は顔を真っ赤にしながら、Tシャツを脱いで正しく着直したが、望月も一緒になって笑っている。

でも、そのお陰か、びっくりするくらい自然に翠と話すことができた。


なんだ、翠と話すのは、こんなに簡単なことだったのか。


俺はからかわれたことに怒りながらも、心の奥底でほっとしていた。

それと同時に、久々に翠と話せたことに対する喜びが、じわじわと胸の中に広がっていく。

……あの日から一年経って、こんな風に他愛もない話をするのは本当に久々だった。


「……また、絵を描き始めたんだな」

翠に、ゆっくり話しかけると、彼女は一度静かに目を伏せてから、小さく頷いた。

雛がいなくなっても、世界は変わらぬ速度で動いているけど、きっと雛の周りにいた人たちの時間の流れは、変わってしまった。

……朝がきて、昼がきて、夜がきても、雛がいなくなってしまった事実は変わらない。

「なにも進めたくないし、止まっていたくもないんだけど、まずは今まで通りの生活をしなきゃって思って……」

翠のその言葉は、とても重くて、どうにもならない寂しさや悔しさが詰まっているように感じた。

そう、どうにもならないのだ。

雛の命も、俺と緑の間にできた溝も、無情にも流れゆく日々の中で、形を変えずに残ったままだ。


「あ、ごめん暗くしちゃって! でも本当に今はもう大丈夫だから! 部活再開したら元気出てきたの。依ちゃんみたいな可愛い後輩とも会えたし」

「来栖先輩、そんな言われても今は食パンくらいしかあげられませんよ……」


俺が余程心配そうな顔をしていたのか、翠は俺を見るなりすぐにパッと表情を変えた。

……翠は前に進もうとしている。もしかしたら、そんな風に見せているだけかもしれないけど。


それでも、どんな時も、俺は翠の味方でいる。

たとえ翠が、俺のことを恨んでいたとしても。







あの日をきっかけに、俺は一之瀬と一緒に美術室に行く機会が増えた。

飽くまでただの付き添いで、翠に会いに行ってるわけじゃない、つもりだけど、翠と話せることを素直に嬉しく思っていた。


「……あ、望月。おーい!」

今日も茹だる様な暑さだ。
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