愛されたいのはお互い様で…。

…あ。今になって、こんな事があるなんて。
今まで一度も無かった事の方が不思議だったのかも。

置き忘れて出た書類を相手先まで代わりに届けに行った帰り、偶然務を見掛けた。…私が行きますって、届けに出なければ見掛ける事は無かったって事だ。

スーツ姿が他の人とは際立って見えた。務…ひいき目は多分にある、間違いなくあるけど。…目を引くよ、やっぱり。こんな風に…仕事の時は更に男前度が上がってるんだ…。

そしてその横には夏希杏子というあの社員。変わらずついて仕事をしてるようだ。
企業のCMのようにパンツスーツを着こなしてカツンカツン歩いていた。…スタイルがよくないとムチムチと野暮ったくなるところだ。
二人とも背が高いんだもん…。更に目立つじゃない…。

訪問する企業が見えて来たのだろう。務が二言三言話し掛けると、夏希杏子の顔は少し引き締まった。頷いてスーツの裾を引っ張っていた。気持ち、身嗜みを整えたといったところだろう。先に彼女が入るようだ。
そのまま務も入れば私とすれ違う事もない。
…こんな風にして見掛ける事だって、これからも無い事ではない。
どんなに心の中がざわついていようとも、仕事を続けている。務とだってこうしてついて回っているのだから、務を思う女性の面を除いても、夏希杏子はやはり優れているのだと思った。仕事とプライベート、はっきり切り替えのできる質だという事だ。

それとも、仕事は何とか頑張ってしている振り…仕事をしてさえすれば、ただこうして傍に居る事が出来るのだから、それだけでも今はいいと思ったのかも知れない。
そんなやる瀬ない気持ちがバレていたとしても、今の務なら許してしまうのだろうか…。信頼できない人って部分はプライベートでの事だから?
…う゛う゛ん…、務は…。仕事に関しては厳しいはず。感情は持ち込ませないだろう。
それこそ、好きとか嫌いは勝手だが、切り替えろと言うだろう。出来なきゃ面倒は見ないって。あ゛ー、ごちゃごちゃする。

頑張って食らいついて…長い目でみたら、その内、務の気持ちも傾くかも知れない。…って、直ぐ私はこんな事を考えてしまう。
誰が好きで誰を好きになっても、…もう。考えてはいけない事だ。

はぁ…戻ろう。かなり小走りもしたし、距離も歩いて来たが足は辛くない。
伊住さんが作ってくれたパンプスは、今日も楽に私の足を包んでくれていた。
この感じが靴を愛している造り手の愛情そのものなんだ。


ブー、…。あ。

【変わらず元気そうだな】

務、見つけていたんだ。

【務も忙しそうね】

ビジネスバッグを手に、早い足取りで歩く姿は、やはり出来るビジネスマンって感じがするもの…。

【明日、期限だぞ】

【うん、解ってる】
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