愛されたいのはお互い様で…。

裏通りにある店は、路地に面して広いウッドデッキがあり、今の季節の陽射しを避けるように、モスグリーンのロールスクリーンが設置されていた。提供までが割と早くお客を待たせない。だから、昼間はランチの客で、夜は仕事帰りのお付き合いで賑わう店だ。

今夜は雨が降っている。ロールスクリーンも綺麗に巻き取られ、デッキに居るお客さんの姿は当然なかった。
天気が良ければ、閉店まで開けられている大きな硝子の扉もきっちりと閉じられていた。水をよく弾くのだろう、強く吹き付けた雨粒が筋を作って流れ落ちていた。
目を凝らすと暗いこちらからは店内の様子が見えた。

隣のテーブルの会話や、注文した料理がはっきり解ってしまう程、席は詰めて設置されておらず、程よく離れたテーブルの間隔は、訳ありな男女の会話でさえ弾ませてしまうような配置だ。

はぁ…、今夜ここで爽やかな甘みのあるワインをゆっくり飲み、魚介料理を頂くはずだった…。んー…、実現しなかったことを想像してみてもね…。また次…、来ればいい。……え?

戻しかけた目線の端に何となく入ったモノが、ダイレクトに私にショックを与えた。
隅々まで巡らせて見たつもりはなかった。見えたのは偶然だけど、必然。
硝子張りから見える範囲の奥、照明は暗い部分だったが、そこに居たのは間違いなくよく見知った顔だった。

はぁ…何だ…、ほぼ時間通りに来てるじゃない…。仕事がまだ終わらないだなんて、嘘じゃない。
肩で濡れたバッグを引っ張り口を強引に広げ携帯を取り出して見た。着信はなかった。

ワイングラスを傾け料理の注文をしてる。約束の時間に約束した場所に来てる。
違うのは、頭を突き合わせるようにしてメニューを眺めている相手が私ではないということだ。…どういう事なんだろう。

……フ、…彼にとっては、これが今日の予定。この状況は予定通りなのかも知れない。
向こうからはこちらは見え辛いはずだ。
これ以上足を止める事もなく通り過ぎた。

…私が仕事をしている、まだ先が見えない残業をしているらしいと知った。来ても大丈夫だと確信したのかも知れない。…ここに来る事もしないだろうと。
それとも、今のは務に凄くよく似た人で、少しでも会いたいと願っている私に見せた幻だったのかしら?…。
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