彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「気にしなくていい」

少しハスキーな低音ボイス。

私はマスカラが汚く落ちないように気を付けて涙を拭った。

俯きながらチラリと隣を見るとスーツ姿で私より年上の男性だった。

いきなり声をかけられてハンカチを使ってしまったけど、これどうしよう。
洗って返すのも買って返すのもこの人の連絡先を聞かなくてはいけないし。

これじゃ、また会って下さいとお願いしているみたいだ。

「あの、ハンカチを汚してしまったんですけど・・・お返しはどうしたら」

ハンカチで顔を隠しながらおずおずと話し掛けると、

「ああ、それは気にしなくていいよ。あといらなくなったら捨ててくれていい」

「え、そんな…申し訳ないです」

思わず顔を上げて男性の顔を見た。

一瞬にして目を奪われた。

なんて整った顔をした人だろう。

私を見てうっすらと微笑んでいる。きりりとした眉は男らしく自然な印象だし、瞳には力がある。黒く短めにすっきりと整えられたヘアスタイルはこの男性の爽やかさを助長している。

見とれてしまったことに恥ずかしくなりまたうつむいた。

隣の男性がフッと息を吐いたような気配がした。
「では、今から1杯だけ付き合って下さい。それでいかがですか?」

え?

そんなことでいい?

再び顔を上げると男性は微笑み、首をかしげ私の返事を促した。

「よろこんで」

私も微笑んだ。
偶然の出会い。誕生日に奇跡的にイケメンと偶然出会って優しくされた。
一緒に1杯お酒を飲むくらい神様からの誕生日プレゼントだと思ってもばちは当たらないだろう。
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