彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~

「谷口さんは未婚だよね?お付き合いしている彼に悪いとか?うちの副社長じゃ君の好みに合わなくて嫌かな?」

「いえ、お付き合いしている人はいませんし、副社長もお目にかかったことがありませんので、好みかどうかもわかりかねます」

「では、断る理由はないのでは?」

「いえ、社長。失礼ながら言わせていただきますが、副社長が賞品のようでそれは副社長に失礼かと。それに私が相手では副社長も食事を楽しむことができないと思いますので、これは辞退させていただきます」

「え、君、本当にいらないの?」
社長は心底驚いたという表情をした。

「はい」
私は深く頷いた。

「うちの副社長は独身でイイオトコなのに」
社長は残念そうに首をかしげた。

いえ、そういう事じゃなくてですねと言おうとしたら、

「社長、だから、言ったじゃないですか」
そこに、社長秘書の林さんが間に入ってくれた。

「副賞が副社長と聞いて飛び付いてこない谷口さんの方が人としても社員としても好ましいのではないですか?」

「うーん、それもそうか・・・でも、たまには副社長も仕事抜きで若い女性と食事をさせてあげたいんだよ。
最近は社用で年配の相手や取引先の相手ばかりだから。あいつには今、プライベートな時間だってほとんどないはずだよ。ちょっとした親心っていうか」

「社長のお気持ちはわかりますが、我が社の社員相手の食事では康史さんもリラックスできないのではありませんか?」

秘書さんは落ち着いた声で社長に話しかけている。
どうやら副社長は康史さんというらしい。

社長は本気で副社長の心配をしているらしいけど、秘書さんの言う通り、社員相手じゃ商談よりマシってだけで副社長がリラックスなどできるはずがない。社長の親心(?)は少しずれていると思う。

「それに康史さんはこの副賞のことを知らないですよね。聞いたらきっと怒りますよ」
秘書さんは眉間にしわを寄せた。

「そうだね、あいつには言ってないね」
社長はさらっと流した。
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