彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「林さん」
私は少し苛ついて低い声を出した。

「すみません。確かに初めは社長がそう言ったんですが、副社長はそれを素直に受けたわけではないんです。自分が賞品であることも早希さんが賞品であることも失礼だと社長に食ってかかっていましたからね」

そうそう。そうでしょうとも。
うんうん。当然よ。
どうやら副社長はまともな人らしい。

「ですが、社内報に載せるための早希さんが社長と撮った写真を見て急に副社長が早希さんと食事をすると言い出したんです」

「はあ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。

「早希さんは副社長と面識がないとおっしゃってましたね?」

「ええ。社内でお見掛けしたこともありません」

「そうですか。その時の副社長の様子を見てお二人はお知り合いかと思ったんですが。ま、どちらにしてもこれは社長命令なので、今夜は諦めて従って下さい。よろしくお願いします」

「はぁ」
自分の出した声がもはやため息なのか返事なのかわからない。

とにかくもう行くしかないのだし。
どうせなら美味しく料理を頂こう。

林さんに案内されたお店は郊外にある和食の創作料理のお店だった。店員さんの案内で林さんの後ろについて個室に向かう。副社長は既に来ているという。

「こちらです」
店員さんが個室の扉を開けると、そこの椅子に座っていた男性が立ち上がってこちらに来た。
伏せていた視線を上げてその男性を見た私は驚愕し固まった。

副社長・・・彼は・・・あの夜のあの人だった。

ちょっと待って・・・
なぜ、どうして。

ここにいる副社長は社内報の写真で見た副社長とは全く印象が違う。
写真で見た緩やかなウェーブした茶色で長めのヘアスタイルでどちらかというと軟派なイメージの副社長の姿はどこにもなくて、あの日見た短めの黒色のすっきりしたヘアスタイルのきりりとした爽やかなあの人だった。

あまりのショックに脚が震え、思わず隣にいた林さんのスーツの端を掴んでしまった。
いきなりスーツを掴まれて驚いた林さんが私を振り返り
「どうしました?」
と声をかけてきた。

声が出ない。
逃げ出したい。
帰りたい。

< 29 / 136 >

この作品をシェア

pagetop