彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
私の姉は半年前に夫を亡くしている。
2人の間には3才の娘と姉のお腹の中の赤ちゃんがいる。義兄は2人目の我が子の顔を見ることがなく突然、交通事故で亡くなった。

姉は子どもを連れて実家に戻り、母と暮らすようになった。
私達には父親もいるのだけれど、もう何年も海外の会社に出向していて、たまにしか帰国できない。

仕事をしている姉にとって母は育児を協力してくれる大切な存在だ。
姉は工場の社員食堂の管理栄養士をしていて、シフトによっては早朝出勤があり、保育園の開園時間よりかなり早く出勤することもため母の助けが必要だった。
また、遅いシフトであれば夕方のお迎え時間に間に合わない。やはり誰かの助けが必要なのだ。
加えて、今はもう臨月に入っている。

先週から姉は産前休暇に入ったけれど、今回、母の手術と姉の出産が同時になることも考えられる。


深夜にタクシーで実家に戻ると、姉が起きて待っていてくれた。
「お姉ちゃん。ありがたいけど、こんな時間まで起きてて大丈夫?赤ちゃんに影響ないの?」
姉のパンパンに膨らんだお腹をさすった。

「大丈夫よ。それより、早希ちゃん忙しいのに帰って来てくれてありがとう」

「うん。でももっと早く私を頼って欲しかったな。大変だったでしょ。何もしてあげてなくてごめんね。がんばろ。ね、お姉ちゃん。なんか食べるものないかな?お腹空いた」
私は自分のぺったんこのお腹をさすった。

姉は笑った。
「そう言うと思って、野菜サンド作っておいた」
「さすが!」
受験前の夜食によく母に作って貰った野菜サンド。
懐かしさがこみ上げた。



翌朝眠れぬ夜が明けて、おそるおそるスマホの電源を入れると副社長と神田部長からメールが入っていた。

神田部長のメールを開くとあの資料の件だ。昨日残業して作り直した資料をもう確認してくれたらしい。
一体朝何時に出勤しているんだろう。
でも、これで明日のプレゼンは大丈夫だろう。ほっとした。

さて、昨夜届いていた副社長からのメールはどうしよう。
たいした内容ではないのはわかっているけれど、開く気が起こらない。
「おやすみ」とか「また連絡するよ」とかだろうけど。

嫌なことはさっさと済ませよう!
えいっと開くと、それは驚くべき内容だった。

『早希、急用ってどうしたの。その急用が片付いたら少しでもいいから会えないか?待っているから連絡して』

どうしよう。副社長は昨夜私の返信を待っていたのだろうか?
昨夜私が新幹線から送ったメールは22時を過ぎていたのだから、早々に諦めてくれていたと思うけれど。

それにしても、副社長は変だ。
今まではこんな連絡なんてきたことがない。
いつも『今夜どうかな?』ってひと言だけ。
あの甘い週末を過ごした事でまさかとは思うけど、本格的に私をセフレや愛人として扱う事にしたのだろうか。

散々悩んで謝罪の返信をした。
あれからメールには気が付かなかったと。
それ以上は何を打てばいいのかわからない。

薫がいるのだからもう私のことは構わないで欲しい。私は副社長の事が好きだけど、愛人やセフレにはなれない。

< 68 / 136 >

この作品をシェア

pagetop