ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
私の記憶の中に、ハルが写し出される。

門限を破って図書館にいた私は、帰宅と同時に父から怒鳴られて蔵へと閉じ込められた。

お腹がすいて、寒さに震えて泣いていた私は、大声で叫んだ。

「出して!!もう、出してよ。だれか・・っ。」

月明かりが鍵穴から射し込んで、電気を消されて真っ暗な静寂に包まれた倉の中に一筋だけ光が入り込む。

「・・美桜?美桜?・・中にいるの?」

「・・・え?ハル!?
何でこんな時間にここにいるの?」

ガラガラと錠を破って蔵へと進入したハルは、真っ暗な暗闇の中で私を抱き締めた。

ハルの温かさに、さっきまでの寒さと暗さからくる震えが収まっていく。

「美桜がまたここに、閉じ込められてるんじゃないかと思って。
・・庭園の塀からこっそり忍び込んだんだよ。錠を破るのも針金1つで楽勝だった。」

顔がよく見えない暗がりで、そっとハルの顔に触れた私は嬉しくなって顔を近づけて頬を刷り寄せた。

「そうなんだ!!
すごいな・・。ハルは魔法使いみたいね。」

暗がりでハルの頬へと感謝のキスを落とした。

「美桜っ・・。今の・・!?」

「ん?なぁに・・ハル?」

私は不思議そうに、目が慣れない暗がりでハルの頬に触れていた。

ハルはポケットからチョコバーを出して、私にくれた。

「・・なんでもない。」

空腹が満たされて安心した私は、眠気に襲われ始める。

私は寄りかかるようにハルに重なった。

私の背をそっと支える手をぎゅっと握りしめた。

「僕がいつかここから君を助けてあげるよ。」

ハルは私を抱き留めて、耳元で囁く。

私は、夢見心地でハルの温かい安心感に包まれて微笑んだ。

「貴女が私を助け出してくれるなら、私は貴方にあげられるもので、望むものを何でも差し出すわ。だから、いつか私を助け出してね。」

「その約束、僕は絶対忘れないよ。
じゃあ僕は、君が嫌がっても君を僕のものにするよ?」

ふざけたような明るい口調のハルに首をかしげる。

「・・変なの。嫌がるわけないわ。
ハルは私が好き?もし、私が山科美桜じゃなくなっても好きなの?」

「当たり前だろ。君の心が好きなんだ。
君のステイタスなんて飾りはいらない。
ただ美桜が笑っていてくれたら、それだけで僕は嬉しい。
自由になって心から笑えるようになった君自身をもらうよ。」

優しくおでこにキスをしたハルにくすぐったさを覚えて、すうっと眠りに落ちる。

目が覚めた時は、自室のベッドの上だった。

夢のような光景だった。

始めてハルが好きだと自覚した夜。

月明かりが、窓辺に差し込んでいた。
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