これを愛と呼ばぬなら
 桜舞う四月、私はこれまでほとんど袖を通すことのなかったスーツを着て、これから毎日通うことになる巨大なビルを見上げた。

 新井物産本社ビル。今日から私が働く場所だ。一階から三階が商業ゾーンで飲食店や服飾雑貨等のテナントが入っている。四階から三十階がオフィスゾーン。その内、約半分の階を占めているのが、このビルの持ち主でもある新井物産。私はこの会社の受付として、働くことになった


「今日からお世話になります、潮月美沙と申します。よろしくお願いします」

 第一声は、自分でも驚くほど緊張が滲み出ていた。冷たくなった指先をキュッと握り締める。

「こちらこそよろしく。ほら、そんなに緊張しないの。笑顔笑顔」

 そう言って優しく私の肩を叩くのは、同じ受付スタッフの駒井(こまい)依里子(よりこ)さん。私より一つ上の二十七歳。私と同じ派遣会社の先輩でもある。

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