これを愛と呼ばぬなら
「こんなところで油売ってて大丈夫です? 平木課長、とっくに上がられましたよ」

「えっ、やばっ! 今日朝一で報告書提出しろって言われてたんだ!」

 依里子さんの言葉に、高橋さんがサッと顔色を変えた。高橋さんが所属する営業二課の平木課長といえば、営業部の中でも特に厳しいことで有名だ。

「ほら、始業まであと五分ですよ!」

「くそっ、また朝から説教だ。美沙ちゃんまたね!」

「お疲れ様です……」

 高橋さんは勢いよくカウンターから体を起こすと、慌てた様子でエレベーターホールに向かって走っていった。そんな高橋さんに依里子さんは冷たい視線を送っている。

「ったく、私には挨拶なし⁉ そんなんだから上司から説教くらってばっかなのよ」

 かと思ったら、盛大に眉をしかめて文句を言っている。

 普段から思ったことをずばずば言う人ではあるけれど、依里子さんがカウンターの中でここまで表情を変えることは滅多にない。よほど腹に立ったのだろう。

 私を庇ったせいで、依里子さんに嫌な思いをさせてしまった。

「……すみません、依里子さん」

「ん? どうして美沙ちゃんが謝るの。常識ないのは向こうの方じゃない。いったいなにしに会社に来てるのよって、ねえ」

 まだ怒りが収まらない様子の依里子さんに、申し訳なさが募る。

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