エリート同期の独占欲
「うちの課、どうなっちゃうんですかね」
「どうなっちゃうって?」
「美月さんの同期じゃないですか、菅波(すがなみ)さん。かっこいいけど、整いすぎてて怖い感じありますよね。話しかけづらいっていうか。なんかみんな遠巻きに見てますよ」
「菅波……って、菅波拓真(たくま)?」
「そうです。事前に聞いてたんですよね?」
「あ、あ、うん」

 誰が来るとは知らされていなかった。
 若手だろうと勝手に思っていただけで、それは二十代のうちに複数業務の経験を積ませる社風のせいだ。わたしも部内での異動は今までに二回経験した。
 まさか同期が来るなんて。しかもよりによって……悪い予感は的中。
 こんなサプライズいらないです、と先週の課長に泣きつきたい。
 六十人採用された同期入社組のうち、わたしと同じ本社ビルに勤務しているのは三割に満たず、フロアが違えば顔を合わせる機会も減る。そして別拠点に配属された七割とは、もう何年も顔も合わせていない。
 菅波拓真もそんなひとりで、新人研修が終わった後は交流がなかった。拠点をつないだリモート会議で顔を合わせるのはおろか、メールすらやり取りしていない。

「美月さん? 具合悪いですか? わたし変なこと言いました?」
「あ、ごめんね、大丈夫」

 わたしにとって、会社生活で唯一の汚点。新人時代の最悪な記憶。
 忘れようとしてきたのだ。忘れて仕事に没頭した。その努力が実り、昇進という形で評価を得た。
 先週、「関西の営業社員が来る」と課長は言っていた。同期だとは思いもせず、いや、でも本当にそう決まったわけではなく、瑠衣の勘違いかもしれないし、同姓同名の別人の可能性もある。顔を見るまでは、と後ろ向き逃げ腰弱気モードになったわたしを現実に引き戻したのは、当の本人の登場だった。
 事務室から出てきた菅波は後ろ手に扉を閉めると、こちらに目を向け、わずかに唇を噛んだ。
 ああ、こんな顔だった。
 少し痩せたかもしれない。頬のあたりが骨ばった印象を受ける。
 鈍色のスーツは引き締まった身体の線に沿い、シャツとネクタイのコーディネイトは悪目立ちしないぎりぎりの選択で、相変わらず着るものにお金かけてるな、と思った。

「久しぶり」

 菅波は穏やかに口角を上げ、にこやかな笑顔を見せた。
 普通……というか丁寧で如才ない。わたしも精一杯の愛想を返す。
< 3 / 26 >

この作品をシェア

pagetop