恋を知らない君を【完結】

ジュースみたいな酒を片手に彼女に話しかけてみる。反応は割と鈍い。クッソーお高くとまってんな。幾つくらいだろうか。同じくらいか?年を聞くのはまだ早いか…
「酒弱いの?」
「?」
顔には全く出ていないようだけど。
「飲み物,モスコだし?このクラブって結構酒がうまいのが有名だけど」
「……へえ」
興味があるのかないのか…この反応じゃわからない。顔はかなり好みだけど,ノリがなあ…でも今日はこの子に決めた。
「俺ね,ハルっていうの。名前聞いてもいい?」
お高くとまってる女にはコレ。下手に出て犬系男子風に振る舞えばあっさりと仲良くなれる。プライドが高い女は尻尾振って構われるの好きだし,若い女なら渋い年上を好むか癒し系ワンコを好むかどっちかだろ。だったら俺はワンコ。
「ナツ」
意外にもしっかり目を合わせて話す彼女はそう答えた。ナツ?
「…はは,意外とノリいい感じ?俺がハルだからナツ?」
名前も教える気はないってか。まあ本名なんて最初から名乗ることないだろうけど,ナツはねえだろ…
「そうだね」
ほんの少し,にやりと笑った。口角があがり目が笑う。うわ,やっぱりカワイイ…。これなら性格が悪くてもいいか…いやむしろそれすらもカワイイ。
「じゃあナッちゃんだな。よろしく」
「よろしく,ハルさん」
…!名前,呼ばれた。カワイイ。絶対呼んでくれなさそうなのに呼ばれた。ギャップ萌えってやつか…!
「なんでさん付け?ハルでいいのに」
「たぶん年上だから?」
「マジ?ナッちゃん何歳?」
「21」
「えっ!」
21?マジで?
「マジか…同じくらいかと思ったのに」
「ハルさんは?社会人でしょ?」
「うん,そう。ってことは学生?」
「うん」
へえ…。最近の学生は大人っぽいもんなあ。にしても落ち着いてるし顔もキレイ系だからもう少し上かと思ってた。それに年上だからさん付けで呼ぶ,っていう感覚がこんな場所では珍しくてグッとくる。ハルさんなんて呼ぶ奴いねえよ。
「まあ,俺も25だしあんま変わんねえか」
「学生には大きい4歳だね」
「そ?すぐだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
ほんの少しだけ鼻にかかったようなふわふわした声が心地いい。どんな声で鳴くんだろうか。喘がせてみたい。肌が白いからきっとピンク色に染まるはずだ。見たい。でもガード堅そう。てかここには一人で来てんのか?まさかな…
「一人?」
「ううん,友達と来た。今どこ行ったのかわかんないけど」
「え,はぐれたん?」
「いや……どうかな」
人でごった返したここでは一人の友人なんて見つけるのは大変だろう。…今一人なら持って帰れる可能性もあるか。
「なんか飲む?」
「ん?」
グラスが二人とも空だ。結構ペース速い?ってことは弱くはないのか?
「いや…いいかな」
「キツイ?」
「きつくはない」
「じゃあ一緒に飲まね?おススメがあんだ」
「…学生はお金ないんだよ?」
ああ…そういうことか。だから飲まないってこと。
「いーの。下心アリだから奢らせて?」
「え」
ニコッと笑ってみれば,ナッちゃんはフリーズした。反応までカワイイ。慣れてんのか慣れてないのか…学生ってことは慣れてねえかな。カワイイ。俺のもんにしたい。
おススメのカクテルを頼めば,顔なじみのバーテンがサッと用意してくれた。
「ハイ」
「…ありがとうございます」
律儀にお礼を言うところも良い。ツンツンしてるくせにそんなところはしっかりしてるのか。
「あ…おいしい」
「そう?良かった」
どうやらあんまり甘くないお酒のほうが好きらしい。甘いのが良かった…なんて言われたら俺のと交換しようと思ったけど。ちびちび舐めるように飲んでは,「おいしい…」と目をキラキラさせるところがまた可愛いと思った。さっき誰かが言ってたようにちょっと表情筋は鈍いけど,こんなにわかりやすいじゃねえか。あーあ,他の男にさらわれなくてほんとに良かった。
しばらく他愛もないことを話していれば,ナッちゃんが急に「もー…」と眉を寄せた。どうした?俺なんか失言した?
「…うるさい」
ポケットから出したのはスマホ。ああ…連絡でも来たのか。
「…やっぱりね」
「どしたの?」
「んー…先に出るね,おやすみ!だって」
酔っぱらってるみたいだ。ふにゃふにゃになっている。無防備にスマホの画面も見せてくるし,最初からは考えられない行動だろコレ!
「ははは,おいてかれたか」
「酷いよねえ…。連れてきたくせに置いて帰るなんて」
「まあ~誰かと抜けたんでしょ」
「そうだと思うけどさあ…」
ほんの少しのカマをかけてみたけどあっさり流された。抜けてくって意味は分かってんのかな?
「男より初めてクラブに来て戸惑ったともだちを優先してほしい…」
「え,初めて来たの」
「うん…連れてこられたの」
よっしゃー!これはこの空気に慣れてないの確定だ。最初はお堅かったナッちゃんも酔っぱらって気が抜けたのか無防備だしふにゃふにゃだしこれはお持ち帰り確定ですわ!
「…じゃあ,俺と一緒に抜け出す?」
ここでもワンコキャラは忘れない。きっとナッちゃんはぐいぐい系が苦手なタイプ。
「……うん」
キターーーー!じっとこっちを見て小さく答えた姿にこれまたグッと来た。ここにきてしおらしさまで出してくるなんてこの子天然でこれやってんのかな?モテるだろうな。でもクラブは初めて!ひゃっほい!
「こっちおいで」
そうと決まればさっさとこんなうるさいとこ抜け出そう。やんわりと手を引いてロッカーに荷物を取りに行く。ふわふわに酔っぱらっている割にはナッちゃんの足取りはしっかりしてるし,大丈夫そうだ。緩くつないだ手がほんのりあったかいのもグッと来た。これだよこれ,女の子の体温!
ロッカーのところは人気が無くて,今かな,と思ってチュッと軽くキスしてみた。サッと素早く。触れるか触れないかくらいの軽いやつ。そしたらナッちゃんは「ふふ,」と柔らかく笑ってたから,今日初めて見るちゃんとした笑顔にキュンと来た。なんだよその反応!可愛いな!
そうして俺たちは二人で気分良く抜け出した。

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