ヘップバーンに捧ぐ
それは
スペイン広場の階段の中断で
こちらをじっと見る
少女の写真だった。

目が離せなかった。

自分には無い、意志の強い目。
ぶれない心を持った目
少女にしては、大人びた雰囲気

『この写真、気に入らましたか?』

「はい。とても」

一人の日本人女性が、話しかけて来た。

『それは、良かった。
義妹が撮った、私の娘ですの。

あまり構ってあげられず
寂しい思いを
させてしまったんですけどね………
あら、ごめんなさい』

「いえ。娘さんも此方に?」

『娘は、日本におります。
正直、美少女でしょ!
親の贔屓目なしに、綺麗な顔してますでしょ?

惚れちゃっても仕方ないわ!』

『こら、馬鹿なこと言うんじゃ無いよ。
お客様に。すみません。
娘の事になると、妻はいつもこうで。

たくさんみてやってください
私の妹が撮った写真は他にもありますから』

「はい、ありがとうございます。」

館内を見学させて貰った。

笑っている子供の写真で溢れた
暖かい空気が流れる写真館であった。
無性に、このカメラマンに会ってみたくなった。


「あのっ!すみません。
この写真を撮られた妹さんは
カメラマンでおられますか?」

『………あぁ、いえ。
元は、CAでしたが、写真を見て貰って
お気づきだと思うんですが、妹は
オードリー・ヘップバーン
の大ファンでして
CAを辞めて、フリーライターになったんです。』

「そうでしたか。
今は、どちらにいらっしゃるんですか?」



8年前に、亡くなりました。』


「すみません。
無神経な事を質問してしまいました」

『いえいえ。
ここまで、妹に興味を示してくださったのはあなたが初めてです。
こちらこそ、ありがとう』

『この後、お時間ありますか?
今、お仕事の途中ですか?』

ヤベェ
次の商談の暇潰しで来てた事を忘れていた。
速攻で、商談終わらせても、
17時は過ぎる
ここの、閉館時間は16時30分だ。

「そうですね。一件商談がありまして…
今日は、17時を回ってしまうと思います」

『もし、今日のお仕事が19時ぐらいに
終わるようでしたら、こちらにお越しいただけませんか?』

手渡されたのは簡単な地図で、
ご夫婦の自宅のようだ。

「はい。ぜひ!」

久しぶりに、気持ちが湧き上がった。
そしてそのまま、商談に向かい、
俺史上、
今までとは比べ物にならない程の成果となった。

成果報告もそこそこに、
次の日の休みを取り付け、
足早に退社し、セントラルパーク付近の
夫婦の自宅に向かった。

走ってなんとか、19時少し過ぎた頃に
到着出来た。
「すみません。遅くなりました。麻倉です」

『いらっしゃいませ。
まぁ、本当に来てくださるなんて!

あなた!あなた!
麻倉さんが来てくださったのよ!』

それから、お邪魔し
妹さんが撮った写真たちを見せて貰った。

先程のスペイン広場で写真には
続きがあり、いろんな表情の咲良ちゃんを見せて貰えた。

奥様の涼子さんが夕飯までご馳走してくれた。

『あんまり、普段料理しないから。
お味は保証しないけど、良かったら
召し上がって?』

そこで、妹さんの紗英さんと咲良ちゃんの事をたくさん聞いた。

学生結婚した涼子さんと、英介さんは
二人とも建築家で日々忙しく仕事に当たっていた。


結婚して、8年ほど経ったある日
咲良ちゃんを妊娠している事に気付き、
10ヶ月後無事出産に至った。


本当は、このまま日本で
子育てをするつもりだったが
海外でのプロジェクトの話が
二人に舞い込んだ。

二人の念願だった、海外で建築の仕事。

悩みに悩んだ結果、紗英さんが
CAを辞め、当分の間
咲良ちゃんの面倒をみることになった。

涼子さんは、今回依頼された案件のみ
引き受け、その後咲良ちゃんの子育てに専念するつもりだった。

しかし、彼らの才能を
世界は離してくれなかった。

古代ローマの遺跡の
再建築が大成功終わり
次なる仕事が、後を絶えなかった。

そして、ずるずると
海外での暮らし16年目。

紗英さんが事故で亡くなった。

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