先生、好きって言ったら駄目ですか?
この恋はしちゃいけなかったんだと思う。
正解、不正解で言えば、不正解。

だって、絶対に報われない恋をしたって、誰も得しないから。そう思っているのに、何故してしまったのか自分でも分からない。




「西山先生いますか?」
放課後、私はよく職員室へ先生を探しに行く。勉強を教えてもらうためだ。西山先生の担当は数学。私は数学がどうも苦手で、なかなか勉強が進まない。

「おー、東野。また数学で詰まってんの?」
近くにいた山田先生がそう声を掛けてきた。嫌いじゃないけど、生徒にちょっかいをかけてくるからたまにイラッとくる。
「問題ありますー?」
腰に手を当てて言うと、山田先生は顔を顰めた。
「西山先生ならいつも通り数学準備室だと思うぞ」
その顔のままそう教えてくれる。ちょっかいさえかけてこなければ親切でいい先生なのにな、と思った。

職員室を出て数学準備室へ向かう。西山先生は数学準備室にいることが多い。それは知っているのだが、教室からは職員室の方が近いので、いつも先に職員室を確認するのだ。

三階の端っこにある数学準備室。ここはあまり人気がない。そもそも数学の先生は準備室にいることが少ない。いつもいるのは西山先生くらいだ。

準備室の前に来るとどきどきする。毎日のように来ているのに慣れないものである。私は小さく息を吸って、コンコンとドアをノックした。
「はい」
耳触りのいい優しい声。西山先生の声だ。私がドアを開けると、先生は柔らかく笑った。
「あ、東野さん。分からない問題あった?」
「ひゃい」
ちょっと噛んじゃった。先生に笑われてしまったが、おかげでちょっと気持ちが楽になる。
「あの、ここの問題なんですけど……」
思った通り、他の数学の先生はいない。ということは、今この部屋は私と西山先生ふたりきりだということだ。まあ、そんなことはしょっちゅうなんだけど。それよりも今は数学が大事。私はそう自分に言い聞かせて、数学に集中した。


「……で、この公式に代入する。そう、完璧!」
数十分格闘しても解けなかった問題が、先生に聞くとスラスラ解けた。いわゆる愛の力ってやつだろうか。という冗談はおいといて、西山先生はやっぱり教え方が上手い。今はまだ誰にも言ってないのだが、私は教員志望だ。その面から言っても西山先生のことは尊敬している。西山先生がきっかけで教員を目指すようになったと言っても過言ではない。恋愛だけじゃなくて、将来のことも先生に左右されているんだな、と思うと嬉しくもあり不思議でもあった。

「ありがとうございました」
あれから更に何問か教えてもらって、準備室をあとにした。私は伸びをして、帰るために歩き出す。


「東野さーん!」
昇降口で靴を履き替えていると、さっきまで聞いていた声がした。
「え、西山先生!?」
「間に合った! これ忘れていってたよ」
そう言って、差し出してきたのは一冊のノート。間違いなく私の物だ。
「ありがとうございます。でも、明日でも良かったのに」
私が受け取りながら言うと、先生は少し真面目な顔をした。

「家で使うかもしれないでしょ。頑張ってる生徒のお手伝いをするのが教師の役目だから」

これ以上好きになったらいけないのに、そんな優しさを見せられたらもっと惹かれてしまう。私は赤くなった頬を隠すように、顔を背けた。

「気をつけて帰ってね」
そのまま急ぎ足で帰ろうとする私に先生が言う。私は振り返っておじぎをし、また歩き出した。そんな私の手には、まだ先生の熱が残っているノートが大事に握られていた。
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