恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
一花、勉強する
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春日住建のある県は、車で約3,4時間程。
クロスのカタログなど分厚い冊子を何冊も持っていかなければならないので、車での移動だ。


今朝一番、今日の私のスタイルを見て、東屋さんは失笑した。


いつもみたいな、少しふわっとしたオフィススタイルは今日は封印した。
面接時に着た黒のリクルートのパンツスーツに、髪もぎゅっと後ろで一つにまとめて、とにかく「仕事しに来ました感」を前面に押し出した格好だ。


絶対隙なんか見せない、とぐっと拳を握って気合を見せたのに。



「……あんま、関係ないけどね、そういうの」

「どうしてですか」

「触りたい奴はパンツだろうがスカートだろうが触る」

「そもそも、触りたいってのがまずおかしくないですか」



なんで、ただの取引先の一社員を目の前にいきなり触りたいって話になるのか。
触るのは自分の奥さんか好きな子とか、そういうことじゃないの?!


そうじゃない欲望とかあったって、触っちゃいけないのが普通でしょ?!



「道理がそのまま通るような社会ならセクハラ問題なんて起きてないね。セクハラなんて言葉そのもの出来てない」



出張が決まってから、部長と何度か話す機会を得て。
建築業界が男社会であること、工務店やメーカーの接待に大工や職人が連れ立ってくることもあり、女性社員は何かと標的になりやすい、と教えてくれた。


ましてや、どうしても下手に出なければならない営業ならば尚更。


だけどそれにしたって……セクハラしてもいい理由にはならないと思うけど。
世の中、危険人物が多すぎる。



「大体、距離があることわかってて打ち合わせの時間が三時指定ってとこで下心丸出しなんだよ。その後酒の席に流れ込む気満々だろ」



ぶつぶつと東屋さんが運転席でぼやきながら、車の空調を弄る。
その手の指が綺麗だなー、なんて思う私も危険人物なのかな。
セクハラに入る?



「天気が良いから車の中暑いな。窓開けるのとエアコンとどっちがいい?」

「えと、じゃあ、窓で」

「ん」



私に合わせてくれる、たったそれだけのことがくすぐったいくらいに嬉しいのは。


あれ?
若干、不幸体質入り始めてる?
だって、この人の眼中に私がいないのわかってるから、気を遣ってもらえただけでやたらと嬉しい。

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