極甘求婚~クールな社長に愛されすぎて~
「ありがとうございます」
紬の背中に向かってお礼を伝える。
でもまた「礼を言われる筋合いはない」と冷たく突き放されてしまった。
「高所恐怖症の克服に付き合ったのはきみのためじゃない。毎回、挙動不審な姿を見せられるのがイヤだからだ。社員の目も引くし。これが大丈夫なら今度からは夕方以降に来訪するようにしてくれ」
「あ…はい」
分かってた。
どうして高所恐怖症を克服させると提案してきたのか、理由は分かってた。
ただ急に、しかもハッキリ言葉にされて混乱する。
関係者だと思って線引きしようとしていたのは私も同じなのに、今日一日すごく楽しくて、紬と近付けていたつもりでいたから、急に距離を取られると心にポカンと穴が空いたように感じられる。
それにそもそも紬はこんな風に傷付けるような言い方をする人じゃない。
時折見せてくれていた笑顔と優しさが本当の彼の姿だ。
「私、社長になにか失礼なことをしましたか?」
態度が一変したのには必ず理由がある。
その理由が私にあるのだとしたらこのままでは帰れない。
下りのエレベーターに先に乗り込んだ紬の背を見て込み上げてくる想いをぶつける。
「私は今日、社長と山を登れて楽しかったです。それがたとえ会社のためだとしても楽しかったです。だからきちんとお礼を言わせてください。私に不備があったなら謝罪させてください。これからのために」
堰を切ったように口に出すと、それを耳にした紬がゆっくりと振り返り低い声で言った。
「俺と関わりたくないはずなのによくそんなことが言えるな」
エレベーターに乗る前にも似たようなことを言ってた。
でも…
「思い当たることがないんですが」
教えて欲しいと視線を向ける。
でも、露骨に目を逸らされ、拒絶の態度をとられてしまえば、もうそれ以上、追求することは出来なかった。
エレベーターを降りたところで「自宅まで送る」とは言われたけど、断る以外、私に出来ることはなかった。