リト・ノート
どのくらいそうしていたのか、やっと落ち着いた美雨は袖で涙を拭きながら腕と頭の隙間からそっと隣を窺った。

ベットの上の羽鳥の脚しか見えなかったが、後ろから頭にふわりと手が乗ったのがわかる。

「沙織には俺が話す。ごめんな」

なぜ羽鳥が謝るのかわからなかった。別に無理やり連れてこられたわけでもないし、沙織が来るのを予期していたはずはない。

「ううん」と膝に顔を埋めたままで言った。

羽鳥はそのまま髪を撫でていた。また湧き上がってきた涙が治まるまで、ずっとそうしていてくれた。これで最後だからと美雨は自分にそれを許した。

もう、こんな風に羽鳥には会わない。


「顔を洗ってもいいかな」

「省吾出てったから今誰もいない。こっち」

羽鳥はうつむく美雨の手を引いて洗面所に案内した。鏡を見るとひどい状態だったが、洗えば少しはましになるだろう。


洗面所を出ると「ごめん、今日は帰るね」とうつむいたまま、でも無理やりどうにか明るい声を出した。

「送ってく」

「平気。それよりリトをお願いしてもいい?今はちょっと連れて帰れない」

「いいけど、平気じゃないだろ。お前結構寝ちゃってたし」

「大丈夫。ちょっと1人になりたい」

そういうと羽鳥は何も言えないようで、息を吐いて玄関に向かっていった。




街灯が照らす見覚えのある角で、でもどちらに曲がるんだっけと立ち止まると「こっち」と羽鳥に追い抜かれた。道がわからないだろうとばれていた。

「暗いし、ついてきて」

少し前を歩き、時々振り返りながら美雨の家のそばまで案内してくれた。リトを見に来るかと最初の日に美雨が聞いた場所だった。

「ありがとう」

「俺んちでも別に平気そうだから、リトはもうしばらく預かっとく」

うん、と頷くと「行けよ」と顎で示される。見送ってくれる気だ。

「ありがとう」とまた言って、美雨は明かりのついた家に帰った。

< 112 / 141 >

この作品をシェア

pagetop